西村幸夫教授 退職記念関連行事リレーシンポジウム① 個性を育む都市デザイン

この文章を読んでいる皆さま、こんにちは。M1の松本です。

今回は、だいぶ前のこととなってしまいましたが、昨年末の12月21日(木)に開催されました、

「西村幸夫教授 退職記念関連行事リレーシンポジウム① 個性を育む都市デザイン」

の概略および感想を、\簡単にではありますが、この場を借りましてご報告いたします。

当日は冬晴れの寒い日ではありましたが、予想をはるかに超える沢山の人びとにご参加いただきました。会場内に備えつけられている座席だけではとても足りなくて、いちばん上の通路に急遽仮設座席(要は折り畳み式の椅子のことです)を設けましたが、それすら満席になるといった有様で、これほどの人出と関心を集めるとはたいへんなことだと、改めまして西村教授の人望の厚さに驚くと共に、深い尊敬の念を抱いた次第です。

PC211943.JPGまずはじめに、中島直人准教授および野原卓准教授から、リレーシンポジウムにそのものついての説明と、趣旨説明がなされました。ここでは、都市デザインの系譜(これまでとこれから)が振り返られました。関心あるテーマが、単体(個々の建築物)から集合体(地区、地域、都市全体)へと広がってゆくにつれて、都市づくりが、例えば地域の文化財などを歴史的環境として都市デザインのなかに取り込んでいくなど、これまで以上に分野を越えた関心や連携が必要とされてゆくようになる。関係する「主体」のとめどない拡張が進む中で、どうそれらを調節するのか、実践を通して、物的空間を媒介としながら考えてゆくこと、その大切さが問われました。

続いて、「都市デザイナーの研究と実践」と題して、三名の先生方から、それぞれの研究とそこで培われた思想や信念の数々をお話しいただきました。

トップバッターの遠藤新工学院大学教授は、「個性を育む都市デザインの手法」と題して、都市デザインの3つの視点(都市を構想する・空間をつくる・実践する)を提唱されました。思念の多様性や多面性が当たり前のように共在する都市空間の、それゆえの複雑さを、ひとつの総合体と捉えて、その多様さを個性としてどう読み込んでゆくか、可視化してゆくかが「構想する」ことであり、「構想する」とは、空間資源を位置づけ、意味付けして行く過程である。そこで謳われるのは、個々の場所性や多面性を包括した全体性の獲得(「空間」をつくる)と、生活者の日常的な取り組みの積み重ね(「実践」する)であり、その過程で培われるのが所謂「地域らしさ」であると。

次に登壇した早稲田大学国際教養部のクリスチャン・デマー氏は、自身が工学系ではなく人文科学系の分野に在籍しているという背景も合わせて、都市デザインの専門家でない人も(工学系ではなく、人文科学分野の専門家も)、都市についてもっと関心を深めるべき、知識を持つべきだと訴えました。専門家は、専門外の人びととも、つながり、知識の輪を広げてゆくのが望ましいと。また、ドイツの(本人曰く)限界集落で生まれ育ち、その後、留学生として日本にやってきた氏は、日本の限界集落と、ドイツの限界集落が同じ問題を抱えていると気付き、ドイツと日本、相互の限界集落同士の交流事業を進め、それぞれの国の中にいただけではなかなか得られない刺激を受けられた、それが印象的であったとも述べられました。我々は、常日頃まちと向き合う時に、そこにしかないものという特殊さにばかり、注目してはいやしないだろうか。だからこそ、たまには視点を変えて、「共通性」を探してみよう。「同じこと」を基準に物事見てみる時、違いばかりに気を取られていた時には見えなかったものが見えてくる、あたらしい「気づき」が生まれてくる、とのご指摘、非常に考えさせられるものがありました。

PC211946.JPG3人目にマイクを手に取られた東京都市大学都市生活学部の中島伸講師は、自身が深く関わっている三国プロジェクトを例に、あるべき都市研究の姿、都市デザイナーの役割について述べておられました。人口減少、過疎化、高齢化、地域商業の衰退など諸問題が直撃する古くからの湊まちを舞台に、「空き家」という一つの着眼点から、それを武器にどうまちの課題を解決し、空き家の活用を進めていくか、その実践がシナリオプランニングの取り組みを通して語られました。そして、都市デザインのための都市研究として、(1)地域の社会構造分析のさらなる探求、(2)公民学(主体間)連携による新しいまちづくり事業の推進のふたつを提唱されました。

ここで、10分少々の休憩が入りまして、ぞわぞわとトイレのあたりに移動する人びとの流れを見送ると、つかの間すっきりと見通しのきいた室内は随分と広く感じられました。

さて、再び会場が人で満たされまして、人びとの後頭部がずらっと眼下に広がります、さらにあちこちで咳払いが聞こえるようになりますと、いよいよ後半部に突入です。要を成すのは、真野陽介准教授(東京工業大学)、川添善行准教授(東京大学)、山口敬太准教授(京都大学)の三名のパネリストおよび、先程から登壇している五名を加えた計8名でのディスカッションでした。

PC211950.JPGディスカッションの詳細につきましては今回省略させていただきますが、その末尾に付された中島直人准教授のまとめの言葉(他者に対する「想像力」、プランナーの「責任」、実践だけでない理論的な深みをもたらす「研究」の三つ)をここに挙げておきます。「責任」と「研究」については他の論者もそれぞれ折々に指摘していた事柄ですが、「想像力」とは!人文系の識者、それこそ哲学やら文化人類学やら社会学やらの専門家の文章ではよく出てくるこの言葉も、都市計画の立場から出てくるとなんだか新鮮味を帯びて聞こえてくるものです。

「想像力」とは、公共性を議論する時によく出てくるキーワードでしたと、思い出されてくるのは前の大学にいたころ、四年間の大学生活最後に受講した環境哲学の講義の光景。「共生の日常的実践」とやたらテーマばかり大きく、本当についていけるかしら半信半疑で聞いていたものですが、今にして思えば、「共生」とは完全には知り得ない他者を、それでも理解しようとしてゆくことだったのかなと。他者と交換不可能な、そのひとだけの時間空間的「世界」があるという意味で、人間はみな非対称的な存在位置にあり、他者の「生」はそれこそ「想像する」しかない。他者に対する関心や興味を持ち続けることとは、他者に対する想像力を持ち続けることであり、その広がり、深まりが複雑な社会的実態への理解につながるのかもしれません。

その意味では、本日のリレーシンポジウムで個人的に最も印象的だった川添氏の発言が参考になるでしょう。『サピエンス全史』に深い感銘を受けられたという紹介から始まり、都市プランナーが存在するのは、そもそも狩猟採集民から定住農耕民へという生活スタイルの根本的変化、それに伴い定住的「家」の必要が生まれ、それが集積して都市が生まれたからである。定住するとなれば伝染病のリスクや食料の確保や領土の防衛など新しい課題も生まれてくる中で、はたして定住スタイルが遊牧スタイルより勝っているとは一概に言えるものでもない。その、定住せざる負えなくなった人間のサガを埋めているのが都市プランナー都市デザイナーだ、との指摘は、認識そのものの前提が絶対なのではなく、あくまで過去の歴史の中で行われた選択の結果でしかないという事を気付かされ、ほかの論者にない奇抜さにおいて群を抜いておりました。

私自身も研究活動(?)と称して、対象としても個人的な付き合いとしてもとにかく色々な人びとと接します。否、意図的にいろんな人、特に自身の日常生活からは疎遠になりがちな社会層の人びとと関わろうとしてきました。意図しなければ、人間、自分と意見の近い、現在の所属集団ばかりに目が向いてしまう。その方が心地よいから。でもそれだけでは、視野が狭くなるばかりだろうし、単一の「常識」しか知り得ない、それはそれで問題なのではないかと思えました。

それこそ老舗の主や町会のおっちゃんといった地域社会の熱血ボスのような定住的「住民」(地域と一心同体なんじゃないかというくらいその場に深くコミットしている人びと)から、彼らとは対照的に、常にビジネスを追いかけ、あるいは生活上の必要に追われて、仮住まいと移動を繰り返すノマド的な流動的「住民」(「現場」の労務作業員や風俗店舗のオーナー、諸外国から夜の歓楽街に集うホステスたち)まで、社会的経済的背景も、生活スタイルも全く違う無数の個人がなんと同じ場所に、少しずつ時間帯をずらして現れるものかと感心すると同時に、彼らがそれぞれ異なる「常識」を持っていることがわかってきました。そのような気付きは、例えば次のような問いにつながるのです。地域の問題には話し合いで解決しましょうとか、議論の場につきましょうとか言われても、そもそも話し合う習慣がなかったら、その機会がなかったら、どうするのか?さらに、人の流動性と不透明性が極めて高くなっている現代、「定住」住民の活躍にどれほど地域の運営を期待できるのか?「流動」住民の存在が無視できないほど大きくなってきても、彼らを地域社会に引き込むこと以外の解決策がどれくらいあるんだろうか?こんなに疑問に思ったのは、もしかしたら私がもともと都市工学ではなく、人文系よりの農学出身であるせいかもしれません。とにかく、「話し合い」という前提、「定住」という前提、ともに暗黙の了解だったそれらが脆くも崩れ落ちてゆくような瞬間に相対して、改めて都市プランナー都市デザイナーの役割とは何なんだろうな、という様な気がしてきました。

PC211954.JPGパネルディスカッションの後、大幅に所要時間をオーバーしていたこともあり、窪田亜矢特任教授と西村幸夫教授によるシンポジウム全体のまとめと閉会のあいさつは、それぞれ簡潔なものとなっていました。最後に私のメモから、西村教授のごあいさつで印象に残った言葉をまとめまして本リレーシンポジウムの報告を終わらせていただきます。

  • 現場にこそ真実がある。
  • そこには生活者がいる。
  • それらを包括する方法論は一つ。
  • 都市空間そのものが構想力を持っている。自ずとそうなる。
  • 未来世代への責任を痛感せよ。

それぞれの言葉の意味、じっくり考えまして、自ら立てた問いへの解答につなげていけたらなと思います。

ここまで読んでくださった皆さま、ありがとうございました。西村幸夫教授 退職記念関連行事はまだまだ続きます!ご期待ください!