webマガジン特集企画・神戸を訪ねて③/『県都物語』から見る神戸

全47都道府県の県庁所在地について、その成り立ちや現在に残る都市デザインの軌跡が記された『県都物語』において、神戸を表す言葉として用いられたのが「モザイク」と「キュウリ」。
モザイクは分かる気がするけどキュウリとは……?
これら二つの比喩に注目し、誌上で語られた神戸を少し紹介する。

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明治維新後、欧米諸国との条約により生じた五つの開港都市の一つが神戸である。近畿での開港を求められた政府は大阪を避けて兵庫に港を設けることを決めた。しかし兵庫にはすでに市街地が形成されており、それとの混在を防ぐために神戸が開港地に選ばれる。神戸は港とともに新しく計画されつくられた都市だった。

【まちのつくり方が周辺から隔絶しているために、旧居留地はモザイクの一つのピースとして生き残ることができ、これが居留地の個性を保つことに寄与している。】

開港に伴って初めてつくられたモザイクの一つが外国人居留地(旧居留地)である。
日本に在留する欧米人のために計画されたこの街は明らかに周りとの関係を絶つように存在している。街区の大きさや形は明らかに異なり、北側に接していたはずの西国街道との接続も切れている。

【商店街にしても、賑やかなアーケード街が(略)モザイク模様のように組み合わされている。――ここが賑わいの核というよりも、モザイクの各パーツをつなぐものとしてあるような印象だ。】

三宮から元町にかけて続くアーケード街も印象的な神戸の街の特徴の一つだ。しかし、「まっすぐ分かりやすい通り」という感じではない。折れ曲がりながら続くアーケードは新開地らしくなく、既存のまちに付加されたような印象を受ける。

【周辺の土地も急速に市街化していく。――開発が各所で進み、それらがつながって市街地が面的に広がっていくことによってモザイク都市の様相はさらに深くなっていく。】

開港を機に神戸の人口は大幅に増加する。また、初めの旧居留地の規模が外国人居住者に対し不十分であったことから、旧居住地周辺にも拡大していくこととなる。中華街である南京町も旧居留地の傍に形成された。人口を受け止めるための開発によって「モザイク」は次々と作られていった。

【神戸のまちは兵庫津―居留地という軸を中心にそのまわりに延びていくキュウリのような姿をしているといえる。キュウリに芯がないように神戸も全体がひとつづきになっている。】

神戸のまちが「キュウリ」に例えられる理由の一つは東西に延びるその形態だ。かつての港から開港を期にまちの中心は東へと遷っていった。
もう一つは「芯のなさ」である。急速に発展したが為に、都市の全体像を描くような大きな計画がなされないまま拡大していった神戸は、分かりやすい軸や賑わいの中心点というものがない。比較対象としてここでは横浜が挙げられている。同じように開港により急速に人口が増加した横浜は、日本大通りを軸に「芯のある」まちとなっている。

【そのうえこのキュウリは海からの距離によってまだらな縞模様になっていて、有機野菜のように少しねじれている。】

かつての中心・兵庫津と旧居留地をつなぐために計画されできた海岸通りや栄通りについても述べられているが、やはり神戸は計画によって制御されずに成長していった「有機野菜」のような側面が強い。


【神戸を訪れると、どの駅に降り立っても、どのように歩けばまちの核心に迫れるのか、よくつかめないといった不思議な焦燥感をいつも覚える。――単純に迫れるような核心などないということもまた、この一五〇万都市の個性というべきなのだろう。】

県都物語・神戸編は上記の文章によって締められる。
中心地として城下であったり計画が反映されているものが比較的多い県庁所在地の中でとらえどころのない神戸は不思議な存在だ。
分かりやすいなにかがないからこそ、まちを読み解くためのささいな形跡や手がかりを探したくなるのかもしれないし、「有機野菜」の歪さやちょっとした粗も魅力になっているのかもしれない。
神戸を訪れるときは、このまちの何に自分が惹かれるのか、探り考えながら歩いてみたい。


是非みなさんも、お手元に県都物語を置いて、この記事を読み直してみてください。

*参考文献:「県都物語 47都市空間の近代を歩く」p203-p209,西村幸夫,有斐閣,2018

【】内は上記文献からの引用