インドネシア・バリ島の農村観光地づくりにおける
伝統的な社会環境管理制度の役割
The Role of Traditional Socio-Environmental Management Systems
In Village Tourism Development in Bali, Indonesia

96150 タマット・アリ

Abstract: The utilization of indigenous environmental management systems and the empowerment of traditional local institutions are key issues in the development of community-based , sustainable tourism. This research aims to identify the possible roles of traditional socio-environmental systems in tourism planning and management, with specific application to village tourism in a developing country. Indigenous systems in Bali, Indonesia are shown to be compatible with sustainable and participatory development. Further, case studies of tourism in the two Balinese villages of Penglipuran and Ubud show specific methods in which local traditional systems can be utilized in tourism development and management. It is suggested that, with certain improvements, these methods can be applied to the future development of community-based village tourism in other areas. Keywords: indigenous knowledge systems, customary institutions, community-based tourism, Penglipuran, Ubud, Bali

研究の概要
持続的かつ参加型の観光地づくりには、土着の環境管理制度の活用と地域の伝統的な組織のエンパワーメントが重要な課題である。この研究は、特に発展途上国における農村観光地づくりに対して、伝統的な社会組織および環境管理の制度がどのような役割を果たし得るかを探ることを目的とする。インドネシアのバリ島を対象として検討した結果(2・3章)、その伝統的な社会環境制度が持続的・参加型の発展に適合することを示す。
バリ島のプンリプランとウブドゥという二つの村での観光地づくりを事例として調査した結果(4・5章)、観光地の開発とマネジメントにおいて地域の伝統的制度を活用する具体的な手法が見い出された。これらの手法は多少の改善を加えていけば、他地域においても今後の持続的な農村観光地づくりに応用できると見解する(6章)。
研究の背景
近年、都市・地域計画の一環として観光計画の研究が進められてきた。しかし、観光地づくりの研究は今まで、先進国の観光地について進められてきた。途上国へのその応用には、各国・地域の相違点がありながら、大きく三つの限界:運営上の制限・組織体制の制限・文化的制限が挙げられる1。そこで、途上国における観光地づくりの手法を検討すると同時に、特定の地域におけるその応用を検討する必要があると思われる。
持続的発展に関する議論のなかで、地域固有の知識体系、いわば土着の知恵体系(indigenous knowledge systems, IKS)の役割も近年注目されてきた。IKSの活用について、UNESCO2は「社会経済発展の課題に対し、科学的・技術的な対処手法とともにIKSは…相補的である」と述べる。その同時に、開発の重要なステークホルダーとして、土着の社会組織(indigenous institutions, II)の参加の必要性も強調されている。
各国や地域での観光地づくり手法としてコミュニティベースドツーリズム(CBT)が実際に応用されてきた。その事例の紹介・分析としてDowney3が南太平洋のサモア諸島におけるCBT、Mitchell&Reid4がペルーのタキール島でのCBTを紹介している。
バリ島では既に観光と地域社会が相互利益的な関係にいる、とLong&Wall5やGeriya6が発表している。更に、観光開発や国の観光政策であるカルチャーツーリズム(文化観光)については、Pitana7が研究した結果、バリ文化と観光が対話的・相互支援的である一方、今後は地域伝統組織に観光地づくりの権限を与えるべきと強調している。しかし、観光地として比較的に長い歴史を持ち、高度な伝統的知識・組織体系が存在する地域としてバリ島でのCBTをIKS/IIの活用の視点で検討する研究事例はまだ少ない。
以上の考察に踏まえて、この研究はバリ島を対象とし、CBTにおけるIKS/IIの役割と今後の有り方を探ることを目的とする。本研究に関わる調査は、2000年10月に行い、その際にはバリ島での現地視察・面接・資料収集が行われ、2001年1月に資料収集など補足調査が行われた。
バリ島の概要
バリ島はインドネシアの中央、ジャワ島の隣に位置する小さな島である。面積は 5632.86 km2、人口3,054,201 人である。南部には平地が広がり、ここに州都デンパサールとその他市町村が多く位置し、人口の大半が住む。最高標高の聖なる山・アグン山(3,142m)は北部の山岳にある。
バリの社会は、インドネシアで独特なヒンズー教文化に基づいている。人口の大半(67%)が農業や伝統芸術を営み、村に住む。村では、社会階層、組織、集落・農地の空間構成、芸術や建築にいたるまで、生活全般はヒンズー教・伝統の決まりによって支配される。古くからの地域共同体として「慣習村」が存在し、その下にも更に小さなコミュニティー単位としてバンジャール(banjar)がある。
バリ州の地域総生産の50%以上が観光からの収入や投資に従うものであり、その波及効果によって20年間で平均収入を20倍以上にした。現在のバリ社会には、グロバリゼーションと現代都市文化の影響に応じながら、伝統組織や宗教感を積極的に守るようなスタンスが読みとれる。
バリ島の伝統的な社会環境管理制度
神・人間・環境の共生概念
バリ・ヒンズー教の教え「トリ・ヒタ・カラナ(Tri Hita Karana)」は、生活の中で常に神と人間、人間と人間、人間と環境との調和を維持することによって、幸せが得られると伝える。よって、マクロ(村)やミクロ(家)の生活空間でも、その三つの要素をバランスよく配置しなければならないという。村の場合、神の領域(寺院・その他聖域)、人間の領域(集落)、自然の領域(森や水田)がほどよい位置と面積にあることが重要とされる。
空間構成の概念
住環境や社会環境の空間構成はヒンズー教の古典「アスタ・コサラ・コサリAsta Kosala Kosali」等の中に書かれる規則に基づいて作られてきており、その実施はウンダギ(undagi)という伝統建築家が行う。
バリの伝統的空間構成の原理は主に三つある8:
1. 宇宙の空間序列(トリ・アンガ Tri Angga):世界とその中身を三つの部分に分ける:ウタマ(utama: 上、頭、神聖)・マドヤ(madya: 中・体・中間)・ニスタ(nista: 下・足・不潔)。バリの村はトリ・アンガに基づいて三つの宇宙的領域に分かれ、それぞれの領域に寺院も種類別に分散される。村の「上」には主の寺院が置かれる。「中」の領域は人間の領域とされ、人々はこの辺りを中心に住み、一般的な儀式が行われる寺院がある。村の「下」では死神の寺院と墓地が置かれる。
2. 宇宙的方位(ナワ・サンガ Nawa Sanga):山(カジャ・神の世)‐平野(人間の世)‐海(クロッド・悪魔の世)の軸と、東西にあたる朝日・真昼・夕日の軸に支配される。南部地域では北東がカジャ(聖なる山の方位)であるが、北部ではカジャは南東にあたる。バリ島の最も高い山、アグン山は、聖なる「世界のへそ」と信じられ、主寺院ブサキはこの山に位置される。カジャ‐クロッド(神聖‐不潔)の原理は、バリ島の全ての村や住宅(屋敷)の空間構成を支配する。
3. 宇宙的平衡(マニク・リン・チャププ Manik Ring Capupu):全ての世や軸の間にバランスをとる。
小結
土着知恵体系(IKS)の理念「トリ・ヒタ・カラナ」には、持続性の概念「環境との調和」が含まれている。また、空間構成の理念が昔からの村や住宅の構成で活かされ、バリ島の独特な生活環境を成り立てきただけでなく、今後の持続的な地域計画にも役立つことが期待される。
伝統的な社会制度「慣習村」
バリ島の現代社会において、村(Desa)レベルの組織として、慣習村(Desa Adat)と行政村(Desa Dinas)が同時に存在する6(ibid.)。慣習村とは、「伝統体系を共有し、ヒンズー教に基づく生活協定を代々伝え、自らの領域・財産を持つ自立的な伝統法的共同体としての村」と定義される。一方、「行政村」は、インドネシアの国家制度の中に群(Kecamatan)の下に置かれる最小単位であり、その領域内に複数の慣習村を含む。
慣習村は、バリ島の歴史にも古くから存在するものであり、地元の行事や環境管理を組織的に取り組む機関として、市民の生活において重要な役割を持ちつづけてきた。バリ島の慣習村は現在、全部で1610ある。
慣習村の特徴
バリの慣習村は地域によってその形式が多様であるが、基本的に5つの特徴をもつ9。
領域:慣習村は地理的(物理的)領域をもち、その中に共同に管理する共有地(カラン・デサkarang desa)がある。住民は、この領域に居住することで慣習村への参加義務がつけられる。
成員:慣習村は取り決めに基づく正式な成員(クラマ・デサkrama desa)がいる。土地を所有し、結婚している成人男性のヒンズー教徒が慣習村の正式成員として中心的な役割を持つ。成員資格の形式(正式成員・従属成員・未成年成員)などによってその権利と義務が定められる。
寺院:慣習村は、地域固有の神を祭る村の寺院(プラ)を持ち、祭事を運営する。多くの村では、「中心(上)の寺院」、「村(中)の寺院」と「冥界(下)の寺院(Pura Dalem)」という三つの主要寺院がある。
自治:慣習村は地方行政とは独立し、自治的な組織である。慣習村の運営基礎として、それぞれの村の慣習法典 (アウィグアウィグawig-awig)が定められる。
運営機構:慣習村の最高決定機関は正成員の総会である。多くの村では、慣習村長、慣習担当、行政担当、書記・会計などの役員(プラジュルprajuru)は成員の総会で選出され、5〜8年間の任期が与えられる。役員は村より金銭的報酬をもらわないが、土地資産の運営権や、県政府からの援助金が与えられる。
慣習村の下の伝統組織・集落(バンジャールbanjar)
集落(バンジャール)とは、慣習村より小さい単位の地域共同体である*。慣習村と同様に、土地と持つ成人男性がバンジャールの中心的な成員であり、最高決定機構として定期的な総会が開かれる。成人は義務的にバンジャールの成員になり、その責任を果たさなければ、慣習規定や法典で決まった罰則が与えられる。バンジャールや慣習村は、地域住民の生活の中で、地域の自治組織として分化的・社会的に重要な役割を果たす。
小結
土着の組織(II)「慣習村」と「バンジャール」は、その特徴からでも極めて民衆主義的な組織であり、参加型の発展を行う際にも活躍できる。今までの社会的役割を踏まえて、インドネシア地方分権化の流れの中でも地域コミュニティの組織として更に大きな役割が与えられるようになると思われる。
バリ島の農村観光地づくり
観光開発は、オランダ統治時の1920年代に始められ、独立後の1960年代にインドネシア中央政府が大型ホテルの開発に乗り出した。70年代には、中央政府機関の管理の下でバリ南部に位置する国際空港の建設と大型リゾート団地・ヌサデゥアの開発が始まった。1980年から1990年代前半に観光客数が著しく増えたと同時に、それぞれ異なった性格のビーチリソート・ヌサデゥア、クタ、サヌール、そして山部にある芸術村・ウブドゥに観光施設の建設ラッシュが起きた。
バリ州のここ数年の統計データによると、毎年約120万人は直接海外からバリ島に来る。観光客は平均4から5日間滞在する。州内のホテルなど(全1,234件)では約34,000部屋が整備されている。
ビレッジツーリズム
バリ州が策定した第一回の5ヶ年開発計画(REPELITA)以降、政府の開発計画の中では、住民参加・地理的配分・地元社会への利益配分という方針が定められてきた。同時に、地域文化の保全と観光発展を両立するためにカルチャーツーリズム(バリの文化を最大の観光対象とする観光政策)という構想が推進された。
実際には、観光事業者が主に島外のもので、地元社会の参加度が低いため、地域への利益還元が比較的に低い。また、計画プロセスが中央集権的になされたため、計画に住民参加の成果が現れない。
こういった矛盾を解決するために、観光郵政通信省の観光局及び主要大学の観光専門家は1990年代はじめ、 総合的村落観光(Desa Wisata Terpadu -DWT)という構想を考えた。ビレッジツーリズムとは、「空間構造・建築・住民の生活文化の面で「バリ島本来の村」を反映した雰囲気を持ち、宿泊・飲食・土産物など観光客の要望を満たすことができる農村」と定義された7(ibid.)。
この構想では、バリ特有の伝統様式や雰囲気を活かしながら、宿泊所・飲食物・土産物は地域のものを改善して利用することによって、観光客要望を十分に満たすことが考えられた。この定義には、ビレージツーリズムの運営を全て地域内に完結させ、利益の流出をある程度防止することによって、地元へはより直接的な経済効果ができると期待された。
1992年にはバリ島の2つの村・タバナン県ジャティルウィ村(Desa Jatiluwih, Tabanan)とバンリ県プンリプラン村(Desa Penglipuran, Bangli)でこの構想を試験的に実現化することが決定された。
事例1 バンリ県プンリプラン村*
ここでは、政府主導の総合観光村としてのプンリプラン村における観光開発を検討し、その中でのIKS/IIの活用を考察する。
プンリプラン村は、伝統的な生活様式と古来の街並みを守りつづけている村として知られている。バンリ県の中央部に位置し、166世帯、人口743人の村である。面積は全部で112ヘクタール。標高600mに位置するため気候は比較的に涼しい。村の経済基盤は農業である。水田をもっているのは約50世帯で、それ以外は小作や畑の収入で生計をたてている11。
プンリプラン村は特徴的な街並みをしている。村にはバリ・アガ(ヒンズー時代以前の先住民)の村の線的空間構成とヒンズー教式に近い民家建築が共存する。村の居住地は南北に走る一本の道を背骨のようにし、その両側に屋敷地が整然と並んでおり、集会所や村の公有地で作られた米の穀倉もおかれている。南端には墓地と戦没者の記念塔が位置している。その北端の頂点には美しいペナタラン寺院が立てられており、その東側には中心の寺院など寺院群があり、さらに奥手の森の中にもいくつかの寺院がある。村の南はずれの方では、墓地と死神をまつるダルム・ラジャ・パティ寺院がおかれている。
こうして、村の土地は丘の斜面に沿って、北方の高所には聖なる祖先の領域、中央に人間の領域、低い南のはずれに死者の領域とバリ人の世界観が具体化されている。中央の通り両側に整列する屋敷地はどれも東西に長い長方形で約5メーターの間口に20メーターの奥行きがある。家々の門と塀は土で作られており、皆同じ色・様式となっている。また、家々の屋根は竹葺きとなっている。一軒一軒の屋敷はメインストリートの両側に、敷地の北東角(聖なる山・アグン山の方位)に屋敷の寺院、その西に壁で囲まれた台所・居間、その南に壁のない高床式の儀式用建物、そしてそれらの西に寝室や居間として使う建物がある。
プンリプラン村の整備計画と観光地づくりの実績
もともとプンリプラン村は観光地ではなかったが、近年、村の街並みや独特な慣習から、観光客が訪れるようになった。村は、バンリ県の要望によって1991年に総合観光村の試験事業の対象となった。1992年に、ガジャマダ大学と観光郵政通信省の観光局がその整備計画をまとめた12。その内容は次の通りである。1992年に駐車場、モデルハウス、トイレ、集会所の修復、メインストリートの舗装などの整備が行われた。1993年4月にはバンリ県観光局によって「観光村」として正式に指定された。
整備計画は、大まかに4つのセクションから構成される:@ 期間別の「発展モデル」(短・中・長期間の計画方針)、A 整備と保存の方針(整備事業とその優先順位・持続的な発展のための保存処置)B 運営の方針(主に慣習村による運営・管理方式)C空間計画(空間構成などに関する基本的な考え方・戦略区域制度・それぞれの区域の開発ガイドライン)。
整備計画の中に伝統的制度は色濃く組み込まれている。
整備と保存の方針では、集会所など伝統施設の復元・修復と、伝統建築を含む村環境の前面保全を慣習法典への搭載、そして最終的に宿泊所にも使う伝統建築の「モデルハウス」の建設が予定されている。
運営の方針では、観光活動は慣習村の村長が中心となって管理・執行し、その下の観光担当の職員が地域の観光資源を利用し、日常の運営を行う。
空間計画では、トリ・ヒタ・カラナの理念に基づいて、村を機能と場所に基づいて3つの区域に分ける:自然区域(純自然環境としての竹林と栽培環境としての畑)、公共・宗教区域(各寺院や慣習・社会の施設)、住宅区域(南北にわたる屋敷地)とある。それぞれの区域に、伝統的な空間利用と建築様式を重視した保全と整備のガイドラインが定められる。
整備事業が実施されて8年経った現在、プンリプラン村の整備計画はほぼ実現された。整備と保存の計画が予定通りに運用され、村環境が伝統的な雰囲気を保っているため、多くのツアー客がこの村を訪れるようになった。村周辺の竹林もよく保全され、そこでNGOが慣習村と協力し、竹の栽培園と工作所を運営している。しかし、今でもモデルハウスは宿泊所として機能せず、ほかの宿泊施設も整備されていない。
運営体制は慣習村が総括している。その内容は、村の青年団員(seka teruna)による観光地入場料(一人Rp.2500)の徴収、屋敷訪問の順番の管理、モデルハウスと売店の運営などである。当初住民による出店に県の規制が厳しかったことに対し、慣習村の働きかけで1997年よりは小規模な売店をそれぞれの家の敷地内で持つことができる。入場料の収入配分は、60%が県政府に納められ、その残りは慣習村と青年団に還元される。
小結
プンリプラン村では、農村観光の発展を総合的に計画し、その中に伝統的な社会環境制度が色濃く反映する取り組みがなされている。その実績をみると、村の環境がよく保全され、立ち寄り型の観光地として成功している。しかし、計画段階からの住民参加が少なく、宿泊型の総合観光村への発展が遅れている。
事例2 ギアニャル県ウブドゥ村*
ここでは、急速に自然形成した農村観光地としてのウブドゥ村における観光発展情勢を検討し、その中でのIKS/IIの活用を考察する。
ウブドゥ行政村は、山部のギアニャル県ウブドゥ群に位置する1880世帯・人口9200人の大きな村である。ウブドゥ行政村の面積は、7.32平方キロメートルであり、6つの慣習村と14の集落(バンジャール)によって構成される。1999年の時点でその内の400ヘクタールが水田とは竹であるが、人口密度は1200人/km2と高い。
二つのメイン通り・東西を走るウブドゥ通りと南の「猿の森」へ延びるモンキーフォレスト通りは街の中心地で交差する。市街地の急成長によって、ウブドゥの空間構成が全体的には捉えにくなったが、このT字路の周りに伝統的な配置が読める。プリ・サレン・アグン(王宮)、市場、村役場と観光案内所が位置する。更に、各慣習村の空間構成は、それぞれの主寺院の配置から把握できる。
14世紀から成立したウブドゥの宮廷は、19世紀からバリ文化の中心となった。オランダ統治時代にヨーロッパ人画家たちがこの地域に長期滞在し、バリ美術のルネサンスを巻き起こした。現在もウブドゥは絵画・舞踊などの伝統芸術が最も盛んなエリアとしてバリ島を象徴する観光地の一つである。
ウブドゥの伝統組織
ウブドゥ南部の各慣習村(ウブドゥ慣習村・タマン慣習村・パダントゥガル慣習村)は基本的に伝統組織の構成が同じである。ウブドゥの3つの慣習村は、バンジャール(集落)が地域社会の中心的な役割を持つ「分権型」のものである。
慣習村の成員は、その下の全集落の成員であり、その役職員は慣習村長(Bendesa Adat)をはじめ、慣習村の成員総会の時に選ばれた人である。慣習村の役割は、慣習村の寺院の維持管理、バンジャールが共同で行う宗教行事や祭事の運営、そして行政村との調整である*。また、バンジャールの役職員は、その成員総会で選ばれ、集落長、会計、補佐その他がある。
観光地の形成
ウブドゥは、1920年代から観光地として注目を浴びてきたが、街が急速に成長したのは1970年以降である。ウブドゥは1980年に州が定めたバリ16ヵ所の「指定観光地」の一つでもある。
ここ20年は、観光客の来訪が急速に増加してきており、最近は年間およそ75,000人がウブドゥを訪れる。観光施設に対する需要が開発圧力となり、ウブドゥ周辺の狭い道路沿いを中心に、農地が次々と住宅・商店・ホテルなどに無計画に転用されてきた。政府が定めた地域空間計画(SAPTA)とは裏腹に、現在ウブドゥ南部の平地はほとんど市街地に覆われている。中心地では、ウブドゥと周辺の村で生産されている工芸品や美術品を販売する土産店や様々な飲食店が営業している。中心地には格安〜中級レベルの旅館が所狭しく立地しており、ウブドゥ群で登録されているのは384ヵ所ある。
伝統組織による観光協会の運営
ウブドゥの観光団体ビナウィサタ財団(Yayasan Binawisata)は、ウブドゥ宮廷の貴族を中心に、12のバンジャールが1981年に設立した観光協会である。インドネシア国ホテル・レストラン協会(PHRI)も協力し、ビナウィサタは1983年に財団法人として登録された。財団は、村の外から進出してくる観光事業者による開発が進んできた中で、ウブドゥの環境・文化の保護を主目的としている。ビナウィサタ財団の活動内容は以下の通りである。
1. 観光情報の提供・観光案内所の運営
ウブドゥのメインストリート沿い、村役場の隣に位置する観光案内所は、村の青年会よりスタッフが派遣されている。総合的な観光案内を提供するほか、伝統舞踊や祭事のスケジュール案内と予約も無料で行っている。ウブドゥ地域の詳しい観光マップとガイドブックも販売している。
2. バリのツアー主催
ウブドゥからバリ島の各地の観光スポットにツアーを主催する。
3. バリ舞踊パフォーマンスの企画
村の5つの舞踊団(スカ)による、毎晩行われるパフォーマンスの全体企画・経営する。
4. ごみの収集
ビナウィサタは、村から発生するごみ(一日約25m3)の40%を収集し、処理している。
5. 芸術・文化交流の促進
海外からの舞踊団・劇団などとの交流の実施、情報の提供、ウブドゥを訪問するスタディグループへの地元専門家の紹介だど、国際交流の促進を行う。
6. 印刷店の経営
財団の運営の経済的支援として、絵葉書・Tシャツなどを印刷する店を経営している。
小結
ウブドゥ村では、急速な開発に対して伝統的な環境管理制度がうまく適応されていないため、街が無計画に成長してきた。一方、地域の観光資源を一体的に経営し、マーケティングを行うため、ウブドゥの慣習村は早くから観光協会を結成したという組織づくりを始めたことは評価できる。
結論
バリ島を対象として、農村観光地づくりの中でのIKS/II(土着の知恵体系・土着の社会組織)の活用を研究した結果、一般的に、農村における観光地づくりを行うとき、現地土着の環境管理制度と伝統的な社会組織を活用しながら推進することが重要であり、有効な方法であることが分かり、その手法に関していくつかの結論が得られる。
・ バリ島土着の環境共生の概念、空間構成の概念、そして慣習村・バンジャールといった伝統的な社会環境管理制度は、持続性と参加性を反映する理念であり、CBT方式の農村観光地づくりの基盤としては有効である。
・ CBTの方式としての「総合観光村」構想は、IKS/IIを有効に活用した観光地づくりの方式であり、持続性と運営段階での参加という点で優れているが、計画段階からの参加と、観光事業としての発展性の面では改善が必要である。
インドネシア・バリ島と共通する状況にある発展途上国の地域でのその活用の手法については、いくつかの示唆が得られる。
・ 新たに農村観光地を開発する際に、IKS/IIの活用はその整備計画に組み込んだ上で観光地づくりを推進するべきである。ただし、計画の有効性を得るためには、計画段階での住民参加が絶対に必要である。
・ 地域のIKS/IIがどこまで観光事業を経営し発展する能力を持っているかという限界の認識をもって、政府など観光行政側は実施段階での指導・支援体制を整備する必要もある。
・ 観光地の急速な成長管理には、IKS/IIの環境管理制度だけでは不十分の場合もある。このような場合には、IIによる積極的な組織づくりの動きも支援しながら、早い段階でIKS/IIの活用を含めた総合的な成長管理措置を構築する必要がある。
引用文献
1 Tosun, Cevat: Limits to Community Participation in the Tourism Development Process in Developing Countries, Tourism Management, Vol.21, 2000, pp. 613-633
2 UNESCO-Management of Social Transformations Programme and NUFFIC-CIRAN: Best Practices on Indigenous Knowledge Database, 1999
3 Downey, Marguerite: Community-Based Tourism as a Sustainable Development Strategy for Samoa, Master's Thesis, Duke University, Durham 1998
4 Mitchell, Ross E., Reid, Donald G.: Community Integration: Island Tourism in Peru, Annals of Tourism Research, Vol. 28, No. 1, pp. 113-139,2001
5 Long, Veronica; Wall, Geoffrey: Case Study- Successful Tourism in Nusa Lembongan, Indonesia? Tourism Management, Vol. 17, No.1, pp 43-50, 1996
6 Geriya, I Wayan: Interaksi Desa Adat dan Pariwisata di Desa Tenganan, Research Report, Universitas Udayana, Denpasar 1993
7 Pitana, I Gde: Cultural Tourism In Bali- A Critical Appreciation, Research Center for Culture and Tourism, Universitas Udayana, Denpasar 2000
8 Budihardjo, Eko: Architectural Conservation in Bali, Gadjah Mada University Press, Yogyakarta 1986
9 Pitana, I Gde et al.: Desa Pakraman di Bali, Article, Bali Aga, Denpasar 2000,
10 Kantor Dokumentasi Budaya Bali (KDB Bali): Desa Adat, in Profil Budaya Bali, Denpasar 2000
11山下晋司・鏡味治也: バリ島パンリプラン村・観光開発の最前線, 季刊民族学、19(3) pp.100-107, 1995年
12 Fakultas Teknik Universitas Gajah Mada (FT-UGM):: Penyusunan Tata Ruang dan Rencana Detail Teknis Desa Wisata Terpadu di Bali : Laporan Akhir , Yogyakarta, October 1992