開発途上国の地方都市における観光開発の効用とその都市計画的意義に閑する一考察
〜ミャンマー・バガン遺跡地域におけるケーススタディ〜
46122 清水拓

keywords:tourism developments,Developing country,Ruran area,Regional inequity
観光開発、開発途上国、地方都市・農村、地域間格差

序:研究の概要
-1研究の背景
-2研究の目的
-3論文の構成
1章
-1開発途上国における開発論・都市問題
-2開発途上軌こおける地域格差問題
-3従来の開発途上国論、既往研究
-4開発途上国にとっての観光開発
2章:バガン遺跡地域を取り巻く環境
-1.ミャンマーの現状、その特殊性
 -1政治・行政体系
 -2経済状況と産業構造
 -3 Visit Mvanmar Year
-2.パガン遭跡地域の位置付け
 -1首都ヤンゴンとの閑係
 -2主要観光スポットとしてのパガン
 -3パガン遺跡地域の概要
3章:観光開発に関する諸制度と問題点
 -1諸施設の立地状況
 -2観光産業・産業に関わる諸制度
  -1関係省庁及びその組織構成
  -2Hotel and Tourism Law
  -3ゾーニングシステム
  -4その他
 -3大都市資本との閑係
 -4小結
4章:集落の生活水準と観光開発との相関
 -1集落及び調査の概要
 -2調査結果
  -1集落内の人口及びその構成
  -2集落における生活水準
  -3集落の成長段階
 -3観光開発との関わり
 -4小結
5章:観光開発のもたらす社会経済活性とその限界
-1観光産業のもたらす社会経済活性
 -1財政的側面
 -2雇用機会数
-2地場産業の育成
 -1農業の存在
 -2伝統工芸、地場産業
-3遺跡保全と観光産業
 -1逢跡の類型化
 -2Watchman system
 -3遺跡内におけるスーベニアショップ
 -4小結
終章:観光開発の効用と都市計画への応用
-1観光開発の意義及び位置付け
-2都市計画への適用、その具体的提言
 -1物理環境的課題の解決
 -2社会経済的課題の解決
なお本棟概は4章を中心に取り上げる。

1.研究の目的、位置付け
 本研究は「開発途上国において解決されるべき問題は、首都地域と地方都市・農村との間に生じている格差の是正であり、その格差とは生活環境に代表される物理環境的格差と所得水準に代表される社会経済的格差の2つで格差ある」「開発途上国における政策のフレームワークとして、経済の拡大と貧困の軽減の2つを政策目標とし、その間の相互補完濁係に着目したモデルが想定できる」という2前提を潜まえ、日本の都市計画分野にお
ける既存研究が首都地域のスラム・スクォッター等のいわゆる都市問題に集中していることから、
1.開発途上国において解決されるべき地域格差是正の問題に対し、首都地域以外の地方  都市の側からアプローチし、 地方都市においては、都市としての発展に立ち遅れが見られ、それを是正するには何らかの開発行為が必要であることから、 
2.開発途上国における主要外貨獲得手段である観光開発が、前述の2つの格差是正に対しどれほどの効用を発揮し、どこに限界があるのかを明らかにすると共に分析結果をふまえ、途上国の地方都市における観光開発を軸とした都市計画に関する具体的提言を行なうことで、開発途上国の地方都市における都市計画を考察することを目的とし、考察を行うこととする。
 2.パガン遺跡地域を取り巻く環境
 ビルマ式社会主義経済の弊害と民主化弾圧闘争に抗した諸外国の経済制裁は、ミャンマー経済をマイナス成長にまで陥れ1987年には後発開発国1)の認定を国連から受けている。その後一層の開放路線と経済政策重視によってミャンマー経済は、1993年度には9.3%の経済成長率を遂げるなど回復の兆しを見せるが、それでもなお対外債務残高は約48億ドルにまで膨れ上がり2)、外貨不足は依然として深刻である。そうした状況下でミャンマー政府は1996年を「Visit Myammer Year」に制定し、年間50万人の観光客誘致を数値目標とすることで対外経済状況の好乾を画策している。昨年(1995年)7月に行われたアウンサン・スー・チー女史の自宅軟禁開放もそうした一連の流れを汲んた措置と言える。
 対象地域であるパガン遺跡地域は、首都ヤンゴンから北西に約550km錐れた所に位置するが、カンボジアのアンコールワット等と共にアジア4大仏教遺跡の一つに並び称されるように、首都ヤンゴン、商都マンダレー等と共に観光地としてのポテンシャルを抱えたミャンマーにおける重要な観光拠点の一つであり(図1参照)、1994年度には約5万人の観光客が訪れたと言われる。そのため政府もVisit Myammer Yearにおける重要拠点としてパガン遺跡地域を捉えており、道路拡張や新規ホテル建設などの開発が近年急速に進みつつあるが、同時にその貴重な考古学的価値が観光開発行為によって損なわれることがあってはならず、今まさに開発と保全の在り方が問われていると言える。
 地域の主要構成要素である遺跡は総数で2000を超え、それらは地域一帯に散在しているが考古学的に重要とされる遺跡は、比較的集中して存在している(図2参照)。また地域内には同時にニャンウー、ニューパガンという2つの市域を中心として、18の集落が存在し約5万人の地域住民が生活していることから、地域の都市計画を考えるに当たってパガン地域は「観光地としての素地をもった世界的遺跡地域であると共に、地域住民の生活の場でもある」と位置付けるべきである。
3.観光開発に関する諸制度に見る問題点
3-1観光行政体系
 ミャンマー政府は特に1988年以降、観光産業を農業とならぶ主要産業として捉え、1990年ミャンマー観光法が制定されたのを始めとして、その履行機関としてホテル観光省が設立され観光行政体系の整備が進んだ。その後もこの体系は、ミャンマー観光法から改訂されたHotel and Tourism Lawと共に現在も中枢を成していることから、開発途上国一般においてしばしば蒋摘される諸制度の未整備が、観光分野に関しては既にクリアされている
と言える。しかしこれらはあくまで国家レベルでの制度であり、地域レベルにおいては同様の観光行政体制が確立されていない点が問題として抽出される。それでも諸外国の企業にとって、国家レベルでの整備が進展したことで投資を行う環境が整い、1994年7月現在ホテル建設に閑し19軒のプロポーズが進行中であり、総額約8億3千万ドルが投じられている。また1988年時点ではミャンマー全土の宿泊施設は全て国営で19軒、800の客室室数しか存在していなかったが、それらも合計で190軒、3585部屋にまで膨れ上がり民営の割合が高まっている。しかしこれらの約80%が首都ヤンゴン、ミャンマー第2の都市マンダレーの属する2つの州にのみ集中しており(表1参照)、観光行政に閑わる意志決定機閑が首都ヤンゴンに集中していることと相まって、これらの制度は大都市を中心に成熟を見せており、大都市資本あるいは外国資本に相対的優位をもたらす制度となっている。

 3・2.ゾーニングシステム
 地域レベルでの制度の欠如は、特にパガン遺跡地域のように、単なる開発行為だけでなく個々の遺跡の保護といったきめ細やかな環境保全が必要とされる地域にとっては致命的な事柄である。幸いにしてパガン遺跡地域は、その考古学的価値が世界的なものであることから、遭跡保全のためのゾーニングが文化省考古学局を中心として制定されており3)、結果的にその補充がなされていると言える。このゾーニングは約113平方キロメートルの広大な範囲をその対象とし、6つのゾーンが設定されている(図3参照)。その大半は遺跡保全のためのゾーンであり、全般的に開発行為に対して厳しい規制を設けているため(表2及び表3参照)、ホテル建設等の開発行為を自由に行いうる敷地は実質的にHotel extension areaFuture Deveropment Zoneに属する5ヶ所のみとなっている。このゾーニングの効果は、特に観光産業の立地状況に現れていると言え、それらはニヤンウー、ニューパガンの領域内とウェッチーイン村、タウンビー村、ミンカバー村の5つの集落にのみ集中して存在している(図4参照)と共に、無秩序な観光開発に対し一定の効用を発揮していると言える。

   表2:各ゾーンの面凄及びその面積比

4.集落の生活水準と観光開発との相閑
4−1.集落における生活水準
 始めに集落における生活水準を正確に把握するために、日常生活を営む上で最も根本的かつ必要不可欠なインフラとして水供給、電気、医療施設、教育施設及び道路の整備状況を取り上げ、その整備状況を調査した。その結果を総合的にまとめたものが表4である。表4からも分かるように、パガン遺跡地域一帯のインフラ整備状況において市域・集落間でかなりの「地域内格差」が生じていることが確認されたと言える。
 その格差を最も端的に表すものが「今集落内において最も必要な設備・施設は」という質問に対する回答であり、ここではその回答から表5に示す基準を作成し、存在する地域内格差を集落に対するランク付けを行う作業を通じて明らかにする。

   表5:要望にみるパガンにおける集落の成長段階
 表4:各集落のインフラ整備状況
 表5に基づき以下の基準を作成した:
 ランクA:ステップ6以上の集落
 ランクB:ステップ3〜5の集落
 ランクC:ステップ2にある集落
 ランクD:ステップ1にある集落
 その結果ランクA〜Dに2、3、10、2の集落が該当した。ランクDは、人間的な生活を営む上で最も根本的かつ重要な水の供給すらままならない集落である。飲料水の確保は「人が健康を保てるかどうかは、食糧、飲料水、および住居にかかっている」4)と言われる程重要な課題であり、早急な改善が必要とされる集落である。ランクCはその最低限度の基準を満たした居住環境と言えるが、それでもBasicHumanNeedsの概念と比較すれば大いに改善の余地が残されていると言わざるを得ない。
その点ランクBは、水・電気といった基本的な設備を備えた環境と言え、地域において当面の目標とすべ書生活水準であると言えよう。
 4−2.観光開発との関わり
 前項の結果を受け、生じている差異と観光開発との空間的関連を考察すると(図4参照)、前節において抽出した観光産業と密接な関わりのある5つの集落が全てBランク以上にランクされ、逆に観光産業と関わりの無い集落はランクB以上にランクされていないことから、観光開発と地域のインフラ整備が密接な相関を持っていることが明らかとなった。特にホテル建設地に近い集落においては、新規ホテルのため道路や電気、水供給等の環境整備が進み、その恩恵に与った結果高いランク付けがなされ、観光開発との間に相関関係が生まれたものと予想される。
 またこうした観光産業は集落に確固とした雇用機会をもたらし、農業等の一次産業に較べ高収入を得られることから、インフラに代表される物的な環境のみならず、社会経済的にも集落に優位牲をもたらすことが予想されるが詳細な分析・考察は5章において行っている。
 4−3.インフラ供給計画
 こうしたインフラ整備に見る「地域内格差」は、当然ながら供給主体の指針とも大いに関わりがあるものである。パガン地域におけるインフラ供給主体は、現状において確固とした供給方針を備えていないため、外貨獲得のための観光開発がパガン地域における一番の注目であるという国家の論理が、必然的に継承された結果新規のホテルを建設する際に必要とされる設備を場当たり的に供給しているのが現状である。ここで問題となる点は、観光開発のためにのみインフラ供給計画がなされ、かつここでの観光開発がホテル建設という狭義の観光開発に限定されている点である。例えばミンカバー村には2つの変圧器が存在するが、一つはパゴダ、もう一つは周辺のホテルやレストランに電気を供給するために使用され、その対象として地域住民の名は挙がらなかったように、こうしたスタンスは、地域一帯のインフラ整備及び居住環境の向上に本来寄与しうる観光開発の効果を狭めるばかりか、観光開発の促進はゾーニングとの関係から一定地域に限られるため、さらなる局地的な格差、地域内格差を生じさせるという悪循環をも招きかねないと言える。
 しかし1995年1月に、地域の南に位置するFutureDevelopmentZoneにミャンマー資本のホテルを建設する具体的な計画が策定されたが、その際同時にこのゾーンに対する水・電気等の供給計画が立案されたことから、供給を計画・実行する上での問題点はなく、一度観光開発の位置付け及び供給力針が修正されれば観光開発による物理環境的格差の是正は、かなりの効用を発揮しうると言える。

 5.観光用発の効用と都市計画への応用
 5−1.観光開発の意義及び位置付け
 開発途上国においては、観光開発に限らず都市計画一般は国の経済政策との結びつきが強いと言え、その結果観光開発は外貨獲得の手段としてのみ捉えられる傾向にあると言える。その弊書は大都市資本中心の観光開発を招き、観光開発に関する諸制度において地域レベルでの整備に立ち遅れが見られる点や、インフラ供給計画においてその視野に地域住民が捕らえられていない点等において明らかとなった。と同時に凄めて初歩的な生活を営んでいる開発途上国の地方都市・農村において観光開発は、地域に新たなインフラをもたらし、地域の経済を活性するといったプラスの側面を抱えていることから、居住環境整備による物理環境的格差是正の手段として観光開発を位置付けることが、当該地域における観光開発の効用を最大化させると共に、前述の弊書を回避しうると言える。
 しかし外部資本比率が高く、商業べ一スあるいは大都市の原理で事柄が推移する傾向の強い観光開発のみでその全てを行うことは、パガン地域内において格差が確認されたように、限界があるだけでなく、過剰で無分別な開発は外部資本への利益の流出に伴う地域間格差、一部地域への投資の集中に伴う地域内格差という二重の格差を助長することになりかねないと言える。

 5-2都市計画への応用
 物理環境的側面においては、観光開発に伴う新規ホテル建設によって新たなインフラが整備され、掛こホテル周辺の集落において一定の効用が確認された。一方で、地理的にそれとは全く関係のない集落では、飲料水の確保もままならない極めて初歩的な生活が営まれている集落も存在することが確認され、地域間及び地域内における格差の存在を確認できたと共に観光開発という−つのインパクトを通じ、そうした集落の生活環境向上を果たすというボトムアップ的な理念が有益かつ必要であることを示唆していると言える。この事は、前項で触れた観光開発の位置付けに関する修正の必要性と共に、観光開発のみによるインフラ供給の限界と都市計画による補充の必要性を明らかにしていると言える。そこで肝要となるのは、始めにその効用を受ける地域とそうでない地域を的確に把握することである。該当する地域に対しては、観光開発を行う主体に対しその範囲内におけるインフラ整備を負担させる一方で、該当しない地域については、都市計画の中で別途にその供給計画を立案すべきである。
 また開発途上国においては諸制度の未成熟が共通する課題として存在するが、パガン地域では偶発的にゾーニングによる個別対応によってそれが補われ一定の効用を発揮していた。開発途上国地域においては諸制度・体系の整備を望むのは現実的ではなく、むしろ全国一律の制度を確立するよりも、こうした個別対応策こそ効率的にも実効性の面からも有益であると言えよう。
 本節のいずれにも共通していた点は、安易な観光開発促進の危険性と観光開発のみによる効用の限界を把握することの必要性であった。またより長期的な視点から考察すれば、今日開発途上国を語る上でしばしば引用される「持続可能な発展」を達成するには、地域が独立するための内発的発展は不可欠であることから、観光開発は、その内発的発展を促進させるための柱の一つであり、触媒的役割を果たすべきであると結論付けられる。
 注釈
1)国連貿易開発会議(UNCTAD)の設定した基準に基づき分類され、遺常LLDCと称される。1991年末現在47カ国か認定を受けている。

2)1992年度、国家経済開発省の統計による
3)LocalOrder No1/94により1994年制定、施行
4)参考文献(3)p.159による
主要参考文献
(1)長峯晴夫「第三世界の地域開発」,名古屋大学出版会,1985
(2)太田勝敏、モンテ・カセム「第三世界の都市化と居住問題へのアプローチ」,「地域開発」,1987,PP.3−14
(3)北脇秀敏他監訳「WHO環境保健委員会報告」環境産業新聞社,1993
(4)THE STATE LAW AND ORDER RESTORATION COUNCIL,MyanmarHotel and Toursim Law,1993


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