空間の把握と形成のための基本概念に関する研究
A theoretical study about ground concepts of space

鈴木隆之

The object of this thesis is theoretical study about ground concepts of space. In this, seven concepts are submitted. These concepts are gotten inductively from concrete examples. The followings are extracts from the text of the thesis.

◆研究目的  従来,空間の形態と構成に関して,設計および計画の観点から、さまざまなる論考、および分析が為されてきた。しかるに,それらの研究の少なからぬものが、前提条件,または方法において現代的価値観に強く支配されている。故に,そうした研究の成果は主として,分裂し,増大しつづける知識である。これに対し,本論は,具体的事実の背後に潜む,基本的な概念を模索,探求しつづけることで,いくつかの縮まった眺めを,獲得せんとする試論である。
基本概念について  古典力学は,md_x/dt_=Fなる法則を信じることから始まった。物理学者たちのこの信仰は,今世紀になって,まさに信仰にすぎなかったことが露見したが,彼らの信仰に裏打ちされた理論が,われわれの実生活における物質の運動を、高い蓋然性にて,予見し,記述し得たことは言うまでもない。この法則は,ゆっくりと時間が流れるわれわれの世界においては,確かに真理を含み,物質的世界の記述の為の,基本概念を提示する。それらの概念を空間論考に相応しい言葉に置き換えるなら,即ちそれは,重さ(m),空間的尺度(x),時間(t)および力(F)である。
 空間を論考しようとする際にも,これらの物質的基本概念は重要であると見倣される。しかし無論,これだけでは不十分である。物理学は,物質的因果律の世界の道理である。われわれは,われわれの生きる空間を思考する際には,われわれの心的な側面を重視せねばならない。本論は,こうした認識の下に,空間論考の基本となる概念を模索する。具体的に云えば,過去の設計理論,および美術史の研究を参照することで,また、多くの具体的事実から帰納することで,心的側面を付加した基本概念を獲得しようとするのである。

3−3 「招誘」 招誘的演出 (抄)

やわらかな曲線による招誘  我々は柔らかな曲線が,恰も人を招き入れる様な空間を,多数見いだすことができる。先ずその代表例として,唐破風の門,玄関を挙げることができる。唐破風の門は、中央が柔らかく起れ上がっており,歩を進める人間を招き入れる様な形をしている。図1.は金地院の開智門である。ここでは,唐破風の屋根が宙に持ち上げられており,波打つ曲線の,手を広げて招くような姿が,判然と見える。もし,これが唐破風ではなく,たとえば切り妻破風である場合を想起するなら,その心理的効果の差異は明白である。
 西欧に於いては,構造上,空間にアーチが多く現れるが,その入り口部分では,アーチを大きくしたり,周りの壁を傾斜させるなど,招誘的演出をしている例が,見受けられる。
高度な複合的事実としての招誘  高桐院の参道において,庫裡の玄関へと至る経路は,その入り口からして,所謂,ヒューマンなスケールであり敏感に知覚される大きさである。(空間幅,約590B)両脇には赤松が植えられ,参道の敷石には凝固したイメージにて作られている。(図4)
 山門を潜ると,正面から左に,幾分広い空間が顕れる。ここには楓が植えられ,陰翳に満ちた空間を生み出している。参道の敷石は,中央部分が人間の歩みによる影響を蒙ったかのごとく分化,流動化する。(図5)この突き当りを右に折れると,空間は若子ではあるがますます狭められ,小休止を迎える。(図6)
 最終場面において空間幅は,さらに極限まで狭められる。(空間幅,約180cm)敷石の中央部は一筋の踏み石の列となり,人間の歩み一つ一つと石の一つ一つが,まさに一体化されるのである。その間隔は,大股で闊歩する現代の観光客には狭くとも,裾の長い着物を纏った人間には,心地よいリズムとなる間隔である。そして終局点にある裡玄関では陰の中に,光の塊が据えられている。ここに向かって進む人間は,その中に吸い込まれるような気分に包まれるのである。

Key word   空間幅の逓減       敷石の招誘的変容
       陰から陽への移行     終局点の光の塊

3−5  「力」  力の導入

心理的力  図8は三渓園の園路である。ここでは,優美な曲線が,その脇を丘陵に囲まれつつ,左前方に延びて行く。そしてその方角の池越しには,丘の上に屹立する三重塔を注視することで,左前方に引かれていく様な力を感じることになる。
 それは恰も,物体が円運動する際に,中心に向かって引かれる力のようである。即ちここでは,優美な曲線は軌道であり,人間は物体であり,三重塔は中心である。

Key word  屹立する三重塔  優美な曲線  円運動

形態の力  枯山水は,白砂を水に見立て,力の伝播していく状態を,視覚的に固定したものである。図10の大徳寺方丈南庭では,東西の横方向に,あらかじめ力の場が存在し,その中に存在する石や盛砂が,周囲に影響力を及ぼす様子を描いている。言うなれば,これは,風に靡く水面に物が落ちた刹那を,視覚的に固定した図である。
 このように,力の伝播をモチーフとした描写によって,庭の各部分が,その周囲と密接に結びつくことが可能となる。枯山水は,横長の平面形態を採ることが頻頻である。ここ大徳寺方丈南庭でも,横方向に,非常に細長い空間でありながら,力の伝播を取り入れることで,視覚的に発散するのを回避し,庭全体としての一体感を獲得しているのである。

Key word  モチーフとしての力の伝播  一体性の獲得

3−6  「空間構成」  空間の構成を浮かび上がらせる

線形領域の視覚化  図12は厳島神社における舞台と大鳥居である。ここでは,灯篭が舞台突端部の両脇に二本,中央に一本据えられている。これらの灯篭はよく似せて作られてはいるが,中央と両脇では,その大きさが異なるのである。中央のそれは,高さが両脇の約2/3に抑えられている。その結果,舞台の突端部は実際よりも,かなり長く見えるのである。これにより大鳥居に至る軸線が強く想起されることとなる。即ち,この線形領域が浮かび上がっているのである。
 もし,同寸の灯篭にて,同じ遠近感を引き出そうとするならば,突端部は現在の3/2ほどの長さが必要となる。しかしそうなると,長く伸びた舞台は,先端が大鳥居と接触して見え,前方に広がる,せっかくの大海原が,左右に二分されて見えてしまうだろう。ここ厳島では,灯篭による遠近法を用いることで,大海原の拡がりを損なわずに,中央の軸線を浮かび上がらせているのである。即ち,縦方向の軸線の強化と,横方向の広がりの保存という,一見,矛盾するような要求を見事に満たしているのである。

Key word  大小の灯篭  軸線の強化  拡がりの保存

要素のリフレイン  空間を三次元的に浮かび上がらせて見せるのに成功している例は少ない。セント・マシューズ監督教会は,これに成功している現代的事例である。(図15,16)この半円形の平面を有する空間は,その形態を上部の空間へと反映させている。即ち,床面の祭壇,座席,そして平面のアウトラインがもつ円の要素を受け継ぎ,半円形の照明を天井から吊るしている。円の要素を縦軸方向に,リフレインさせているのである。
 西欧で根強い人気を持つ,馬蹄型のオペラハウスも基本的には,これと同じ仕組みである。即ち,そこでは,積層する座敷席によって,その平面形態を,まざまざと,立体的に浮かび上がらせて見せているのである。
チリハウス  図17はドイツ,ハンブルクにあるチリハウスである。この建築は,フリッツ・ヘーガーが,施主の用意した二つの敷地をまたぐように設計したものである。その結果としてこの建築は長さ450mにも及ぶ大規模なものとなりまさに都市の空間を創り出している。
 チリハウスの平面形態は,曲線的な街路の形態を,そのまま受け入れ,長大な壁面は,街路と共鳴しながら大きくうねる。またその上階の部分では,段状のテラスが数重に取り付けられ,この街路の曲線を,さらに云うならば都市の平面形態を三次元的に浮かび上がらせて見せているのである。

3−7  「拡がり」  拡がりの導入 (抄)

仰角,俯角,遠近法の合成形  平面,及び断面図に示すように,浄瑠璃寺の境内では,本道と三重塔が池を挟んで対峙している。二つの建築を結ぶ線形の領域上には,二基の灯篭があり,また,池の中島の先端に大きな景石が立て据えてある。三重塔は,庭園より,5mほど高く持ち上げられ,本堂側の灯篭は約250cmと大きく,三重塔の側の灯篭は高さが約210cmと小さい。
 図21の断面モデルに見られるように,本堂の前から,三重塔の方向を見た断面内には,三重塔を見上げる仰角,池中の景石,及び,手前の灯篭を見下ろす俯角,さらには,灯篭の大小による遠近法が合成せられ,結果として,縦の線形領域における拡がり感を,絶妙に演出しているのである。
 即ち,三重塔から景石を経て手前の灯篭に至る,「視覚的拡がり」と、遠近法による「距離的拡がり」が、この領域内で分かち難く溶け合っているのである。(図20)現代風に云うならば,線形領域に様々な物体を配置することで,情報を集約,結合し,視覚的豊かさを生み出しているのである。

Key word  仰角,俯角,遠近法の断面内における合成
       視覚的拡がり  距離的拡がり

間接的対比項による距離的拡がり  清水寺を訪れるものは,長き坂道を登らなければならない。経路は主に,二つあるが,その何れを択ぶにしても,長い道程の大部分において,清水の巨大な三重塔を見ることになる。その三重塔は国内最大級,高さ約30mの巨塔である。坂道を登り詰めた所にある仁王門をもぐり,幾つもの諸堂,そして,その巨大な三重塔の傍らを通り抜けて,ついに本堂へと至るのである。
 本堂の舞台からは,ほぼ正面,深い谷を隔てた遠方の尾根の頂きに,清水寺塔頭,秦産寺の子安塔が望める。この眺めは非常に遠大である。(図22)この子安塔は,高さ僅か約12mの,非常に小さな塔であり,屋外に建つ三重塔としては最小の部類に属する。
 これらにより,本堂から子安の塔へと至る空間は,実際の距離よりも,はるか遠大に感じられたのである。元来,清水寺仁王門の門前に建てられたものである。それを明治時代に,現在の場所に移築した。この並外れて小さい子安塔と,本堂へ至る過程において脳裏に刻み込まれた巨大な三重塔との,或いは一般的大きさの三重塔との対比によって,また,本堂から子安塔へ至る間に存在する深い谷によって,この拡がり感が生み出されていたのである。
 一般的な遠近法が,視野内に於ける直接的対比を,即ち意識の内にある対比項を用いるのに対し,清水寺の例は,心理に潜在する対比項を利用している間接的対比,或いは,さらに云うならば,無意識との対比であると云うことができる。

Key word  大小の二塔  介在する谷  無意識の利用

スクリーン(層面)による拡がり  桂離宮の空間構成は,主に五つの草庵からなる。平面構成に着目すると,笑意軒,園林堂,賞花亭,松琴亭は,一本の軸線の周辺に,点在していることがわかる。つまり元々は,書院月見台から見た場合これらの四つの草庵は,地形状の起伏を伴って,ひとつのスクリーン(層面)を形成しているのである。
 このスクリーンは,横方向に著しく長い。一般に,人間の横方向への視角コーンは,60°とされている。ここでは,スクリーンによって,その一般的視角コーンを大きくはみ出すことにより,拡がり感を醸し出しているのである。
 こうした「拡がり」の導入は,前出の大徳寺方丈南庭のように囲まれた,横長の庭に於いても同様である。
 竜安寺の石庭は,この原理を適用した,もっとも秀逸なる例である。その庭園内に,存在することを認められたのは,選ばれた砂と石のみである。この砂と石が,大海とそこに浮かぶ島々を描いたのか,峻峰から見た雲海を描いたのか,それともまた,別の何かなのかは定かでないが,要するに,竜安寺石庭の主題は拡がりそのものである。
 これらのように,視線と向かい合うスクリーンを用いて,拡がりを導入する手法は,日本において顕著な手法である。そして,こうした拡がり感は,絵巻物の鑑賞にその原理を見ることができる。従って,こうしたスクリーンによる拡がりを,絵巻物的拡がりと云うことができる。

Key word  スクリーンによる拡がり  絵巻物

◆結語  本論では,具体的事例を中心に,空間を論考する際の基本概念と考えられる概念を示した。また,具体的事例に関しては,幾つかの,今まで見過ごされてきた事実を示しその形成手法,及び,形態の意義を言語化した。
 本論が追及する様な空間論考の為の基本概念は,具体的事例から帰納的に得たものである。故に,基本概念の内容,そして,概念そのものの,際限なき昇華が今後の課題である。


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