環境影響評価制度における歴史・文化遺産への影響評価のあり方について
―アメリカ、イギリス、香港、日本の制度比較を通じて―

Legislative and Administrative Framework
for Implementing Impact Assessment on Historical and Cultural Heritage
in Environmental Impact Assessment
― U.S.A., U.K., Hong Kong, and Japan ―

96123 今川俊一
  Assessment of impacts on historical and cultural heritages has been one of the important contents of environmental impact assessment (EIA) since its first appearance in the U.S.A.. It is because those heritages are recognized as (1) one of essential factors which consists human living environment, and (2) originally vulnerable to developments or construction. Some of the following countries which introduced legalized EIA system, have also dealt with the impact assessment on heritages in it. UK has integrated EIA into existing planning system which includes heritage protection procedures in EIA. Hong Kong set out individual provision for the impact assessment methodology for cultural heritage in EIA. Legislative and administrative system which enable those countries to implement assessment for heritages are outlined here. And some findings from them will suggest what the Japanese EIA system under the メnewモ law which at the moment does not include assessment for heritages lacks.

研究の背景・目的               
【本研究における定義】
《歴史・文化遺産》とは、本研究においては主に建造物や構造物、あるいはその地区的集合などで、その歴史的、文化的価値から現代においても必要と考えられるものを対象とする。考古学的遺産もこれらと同じ制度のなかで保護の対象とされていることが多い上、同じような危機的状況にあることが多く見られるため、考慮すべき問題である。しかし、保存、活用の方法など、建造物などとは異なる性質があるためここでは分けて考える。

【本研究の背景】
「環境影響評価が持つ歴史的環境保全の性格」
開発事業その他がその環境の様々な要素に及ぼす影響を予測・評価し、その事業の可否を総合的に検討するプロセスとして、環境影響評価が各国で制度化されている。
そして、環境の要素の一つとして歴史・文化資源も影響評価の対象とする国が多くなっている。
 既存の保護制度に加えて、歴史的環境保全手法の一形態として機能すると考えられる。

「日本において盛んではない議論」
 他の自然環境要素の評価がモデルなどを使うのに対し、歴史・文化資源に対する影響評価については、その具体的な方法についてイメージが少なく、特に導入をしていない日本では研究の議題となることは少ない。
 歴史・文化遺産への影響評価が環境影響評価の枠組みの中でどのように行われているのかを検証することは必要だと考える。

【本研究の目的】
環境影響評価プロセスの中における歴史・文化遺産への影響評価について:

・その具体的な手法
・環境影響評価プロセス全体の中での位置付け
・既存保護制度との関係、機関・法制度のつながり

上記の点を各国の比較を通じて明らかにすることである。

【研究の方法】
事例として既に環境影響評価を法的に定めている4カ国について、環境影響評価制度の概要、歴史・文化遺産保護の概要を解説した上で、環境影響評価制度における歴史・文化遺産への影響評価の実態を明らかにする。また、本研究は多国間の比較を行う上で、法制度、政府機関の取り組みなどを明らかにした上で、比較できる要素を選び、制度上の特徴、問題点を見えるよう努めた。
事例として取り上げるのは

1)アメリカ 初めて環境影響評価制度を確立した国
2)イギリス 伝統的な開発許可制度に環境影響評価制度を編入した国
3)香港 日本と同じアジア圏、同時期に環境影響評価制度を導入した
4)日本 我が国の環境影響評価制度の現状

これらの概観から最後に各国間で、制度の要点を比較し、歴史・文化遺産への影響評価の手法とそれを可能にする背景などを明らかにすると共に、日本の現状の問題点、それに対する提言を行う。

《研究中の焦点》
中でも、最も注目したいのは@既存制度(都市計画制度、あるいは遺産保護制度)の中に環境影響評価制度が導入された経緯と、Aその結果のそれら諸制度の相互関係(リンケージ)についてである。これまでに海外の環境影響評価制度の調査が行われてきたが、環境影響評価プロセスの部分を調べることが主目的で、それが既存の制度とどのように結びついて実施されているかということに関しては触れられていても日本の制度への示唆とは捉えられていなかった。環境影響評価制度のより有効な運用を目的とするならば、狭義の環境影響評価についての示唆の前に、まず、その背景の部分でEIA制度を支えているinter-disciplinaryな既存制度間ネットワークの存在に注目するべきである、そして歴史・文化遺産への影響評価もそうした背景をもつ問題の一つであろう、というのが本研究の主張である。
アメリカ                  
【環境影響評価制度導入の背景】
《環境保護意識の高まり》
1962年の「沈黙の春」出版により環境汚染の深刻化が明らかになり、翌年には政府科学諮問委員会で環境汚染問題が取り上げられるなど、世論が政府を動かすまでになる。
これを受け、60年代後半から、国家歴史保護法(1966年)、原生・景観河川法(1968年)、大気清浄化法(1970年)、水質汚濁規制法(1972年)など、環境破壊に対応する個別法が整備され始める。
そして、より総合的に環境問題に対処するための手法として環境影響評価を盛り込んだ国家環境政策法(NEPA)が1970年に施行される。これにより、環境問題に取り組む機関として環境諮問委員会(CEQ)と環境保護庁(EPA)が設立された。また、環境保護の手法として個別の環境基準によるコントロールの他に人間の行為による環境への影響を予測評価し、それを未然に防ぐという方法が誕生した。
NEPAによる環境影響評価は世界ではじめて導入されたものであり、当初は運用段階で手続き増加などの混乱が見られたが、NEPAの精神自体は変えられることなく運用規則の改良が図られる(1978年NEPA施行規則制定)ことで制度が固まっていった。

【環境影響評価制度と遺産保護制度】
《環境影響評価制度》
アメリカにおける環境影響評価の手続きは国家環境政策法第102条2項(c)に基づき、連邦機関の行う行為が環境に与えると思われる影響、代替案を示すために環境影響評価報告書(Environment Impact Statement)を作成することが最も大きな目的である。

[環境影響評価への諸機関、法律の関わり]
NEPAプロセスによる環境影響評価報告書作成手続きには、特定の資源を保護、保存することを目的とした既存の個別環境保護諸法に照らし合わせた調査・検討も伴わなければならない。
NEPA施行規則の1502.25「環境レビューと協議の義務」においては、環境影響評価の下ではこれらの諸法に基づく環境レビューが統合されて行われるべきことが規定されている。これらの法律の多くはその手続きとして条文に規定された保護基準を達成するだけではなく、それらの法を管轄する連邦政府機関との協議や公衆の意見を求める機会を意思決定の前に持つことを義務付けている。次に述べる、国家歴史保護法の第106条もそのひとつである。
・危機種法 (Endangered Species Act)
・国家歴史保護法(National Historic Preservation Act)
・考古学と歴史保護法(Archaeological and Historic Preservation Act)
・原生、景観河川法(Wild and Scenic Rivers Act)
・魚類および野生生物調和法(Fish and Wildlife Coordination Act)
・沿岸地域管理法(Coastal Zone Management Act)
・沿岸境界資源法(Coastal Barriers Resources Act)
・原生自然法(Wilderness Act)
・農地保護政策法(Farmland Protection Policy Act)
・大統領令11990:湿地の保護 (Executive Order 11990 ミ Protection of Wetlands)
・大統領令11988 : 氾濫原の保護 (Executive Order 11988 ミ Protection of Floodplains)

[国家歴史保護法(National Historic Preservation Act) 第106条手続きとNEPA:EIAの環境レビュー]
第106条手続きとは連邦政府が提案する行為に対し、事前にそれが歴史的遺産へ与える影響を考慮することを求めるものである。その際には、歴史保護諮問委員会、遺産に関係する主体等の歴史遺産保護機関に協議の機会が与えられ、一般市民の意見を聞く機会も確保される。というのが特徴である。
手続きは概略以下のような流れで行われる。

@106条手続きが必要かどうかの判断
A歴史的遺産の確認
B負の影響の評価
C負の影響の解決
D実行

このとおり、基準に照らし合わせるだけではなく、ケースごとに「評価」を行い「解決」の手段を求めることから、構造的に環境影響評価の相似系とも言える充実した手法と評価できる。

【環境影響評価制度における
歴史・文化遺産への影響評価の位置付け】
「個別法での充実した影響評価制度を転用」
1970年に制定されたNEPAにもとづく環境影響評価プロセスにおいては歴史・文化遺産への影響評価は他の自然環境要素と共に環境を構成する要素の一つとして検討を必要とされている。一方で、1966年にできた国家歴史保護法に基づく第106条手続きは連邦政府機関のあらゆる行為に対してあらかじめ歴史的遺産への影響評価を行うものだった。類型除外を行わないという点ではNEPAの環境影響評価よりも対象が広い制度といえる。また、第106条手続きは遺産保護機関(ACHP)内外の関係主体、そして、一般市民の参加の制度もNEPAプロセスよりも整備されたものだった。結果としてはNEPAにおいて歴史・文化遺産への影響評価は、ほぼ同時期にできたこの個別法の中の制度(第106条手続き)を環境影響評価書作成と同時に行う環境レビューの一つとして組み込むことで行われているといえる。いずれにせよ、このようにして環境影響評価制度においては、歴史・文化遺産への影響を遺産保護機関との協議、関連する様々な主体の参加をもって行うことができているといえる。

イギリス                  
【環境影響評価制度導入の背景、都市農村計画制度】
イギリスにおいては1947年都市農村計画法以来、全ての開発を地方計画庁(local planning authority)が適切な住民参加のもと、審査を行い開発許可(planning permission) を与えるという形で事業の評価、規制が実質的に行われてきた。1977年にECにおいて加盟国に対して環境影響評価制度の導入を求める指令の案が提出されたが、イギリスはそのような国内事情から指令案に消極的だった。最終的に1985年にECによるEIA指令が発行され、それに対する対応として、都市農村計画制度における開発許可手続きの一部として環境影響評価制度が組み込まれることになった。

【開発許可制度と遺産保護制度と環境影響評価制度】
[都市農村計画(環境影響評価)規則に基づく
環境影響評価手続き]
都市農村計画制度のもとでは、全ての事業は開発許可を得なければならない。そのうち、環境影響評価規則に基づき環境影響評価が求められる事業は、事業を提案する主体が環境影響評価書を作成し、通常の開発申請に添付するという方法で開発申請手続きに組み込まれて行われる。最終的な開発の可否はあくまでも開発申請自体に下されるもので、環境影響評価書に対しては可否の判断は下されないが、地方計画庁は判断を下す際に環境影響評価書の内容を考慮して判断を下し、考慮した旨を明示することが求められている。

環境影響評価は、都市農村計画制度における開発許可手続きの一部として行われている。最終的な開発許可はあくまでも既存の開発許可制度が維持されている点は特徴的である。

[歴史・文化遺産に対する開発許可
登録建造物同意(LBC)、保全地区同意(CAC)]
(Listed Building Consent, Conservation Area Consent)
建築物に関する歴史的遺産は都市農村計画制度のもとで登録建造物、保全地区の二つの保護制度が用意されている。そして、登録建造物の「環境」に影響を与えると思われるいかなる開発もLBCと呼ばれる現状変更のための許可を得なくてはならない。そしてそこでの「環境」とは建物本体にとどまらず、広くそれに付属する周辺環境、それが一部として構成する景観やスカイラインなども含まれるよう配慮しなくてはならない。とされている。
また、面的広がりをもって指定される保全地区における開発についても同様にCACと呼ばれる許可を得ることが定められている。

[都市農村計画制度の下での
歴史・文化遺産保護、環境影響評価]
環境影響評価制度ならびに歴史・文化遺産保護制度(登録建造物、保存地区制度)共に戦後から作り上げられてきた都市・農村計画制度の中に組み込まれた制度であるが、それらの成立を時代順に並べてみると、
1947年 都市農村計画法において全ての開発に開発許可の獲得が定められる。
1968年 都市農村計画法において登録リストに記載された登録建造物および保存地区内環境の現状変更には許可を得ることが定められる。
1988年 都市農村計画(環境影響の評価)規則によって特定の条件を満たす開発行為は開発申請に伴い環境影響評価を行うことが義務付けられる。
という流れでそれぞれ制度化されてきた。
そして、現在はそれぞれ
1990年 都市農村計画法
               ←・開発許可制度
1990年 計画(登録建造物及び保全地区)法      
←・歴史・文化遺産保護制度(LBC, CAC)
1999年 都市農村計画(環境影響評価)規則      
←・環境影響評価制度
が、最新の法的根拠となっている。

【環境影響評価制度における
歴史・文化遺産への影響評価の位置付け】
「環境影響評価を適用される開発計画は既に歴史・文化遺産保護手続きを適用されているという実状」
イギリスでは、環境影響評価の導入、法制化自体に異論が出るほど、伝統的に開発事業計画に対する許認可制度が政府―開発者間で認められていた。歴史・文化遺産についても全ての開発計画に専門家からの意見聴取、公衆からの意見聴取の機会を持った許認可(LBC、CAC)手続きを義務付けることによって不要な破壊、改変から守られてきた。そして、結果的に、環境影響評価を適用される事業は全てそれらの手続きを踏んでいるという状態ができあがっている。
また、それとは別に、環境影響評価の規則の中においても、EC指令をそのまま引用しただけとはいえ、開発が与える歴史的環境への影響を評価すべきであることが明示されている。
評価の方法、基準としては、そのケースに適格な専門家との協議、あるいは、都市農村計画制度において各地方計画庁があらかじめ定めている開発計画(structure plan, local plan)において定められている歴史的環境についての状況、方針などが考えられる。

香港                     
【環境影響評価制度導入の背景】
香港においては1970〜80年代にかけて深刻化した公害問題に政策的に対処するために1977年に環境保護小委員会(Environmental Protection Unit)が設けられた。これは1986年には環境保護署(Environmental Protection Department)へと拡大改組され現在に至っている。 1989年に作られた環境汚染に関する白書(汚染問題に本格的に取り組んだ初の報告書)は、香港の環境汚染の実態を浮き彫りにしたが、同時にこの状況に対応するための10ヵ年計画を示した。この計画は2年おきに再検討されながら、環境基準の設置、浄化施設、高速道路の防音壁などの環境汚染対策技術の導入など、様々な対応策を打ち出してきた。
一方、環境影響評価の導入は1986年に全ての公共事業計画に予算承認手続きの段階で環境影響評価を課すことが求められるようになったのがきっかけである。これにより1998年までに300件を超える環境影響評価が行われた。しかしこれらはあくまで行政指導に基づくものであって、法的な根拠はもたなかった。例えば、開発者がミティゲーションを提示しなかったとしても罰則を課すことはできなかった。そして、1998年には環境影響評価条例が施行され、環境影響評価の法制化が行われた。これにより、指定された事業に対する環境影響評価プロセス、そしてミティゲーションの提示が法的に求められるようになった。法制化は、その他にも、より広い公衆の参加や各過程での期限設定など、制度の充実化をもたらした。1999年4月には早くも施行後の運用実態調査が行われ、10月には報告書が出されている。

【環境影響評価制度と歴史・文化遺産保護】
[環境影響評価の流れ]
環境影響評価の流れは、EIAレポートの提出及び承認とそれにより環境許可証の発効で大きく二つのステップにより構成される。事業主体が行うEIAレポート作成はEIA作業の大部分を占めるが、その事業の実行についてはEIAレポート受理の後に環境モニタリング、監査等の条件がつけられてから最終的な環境許可証が発効する仕組みとなっている。

[遺産保護制度]
・古物・旧跡条例に基づく指定遺産の保護
古物旧跡条例の第6条により、条例で指定された遺産に対してはAMOの許可無しに改変を行うことが禁止されている。
指定遺産には旧跡、歴史的建造物、考古学遺跡、古生物遺跡などの種類がある。
・ 都市開発と遺産保護の関係・展望
香港における遺産の保護は常に都市の開発、更新と直面した問題であるが、現状で都市計画制度の中において遺産を保護する制度は規定されていない。そうした状況の下で遺産保護を担当する古物旧跡弁事処は遺産保護を都市開発と関連づけた政策としてゆくことを目指している。その一つの方法として、既存の法的登録制度で把握されている遺産を環境影響評価制度のもとで個々の開発事業から守ってゆく(事前の影響評価を行う)方法を目論んでいる。これには、イギリスの都市農村計画制度における歴史的建造物登録制度が持っているLBCなどの許認可手続きを通して開発が遺産に与える影響を事前に調査し専門機関と協議する仕組みが影響している。そのため、情報の基礎となる古物旧跡条例による遺産の把握もまだ充分ではないので、調査を行っている。

[環境影響評価における文化遺産への影響評価の指針]
・文化遺産を有する土地への影響評価のガイドライン
環境影響評価条例の技術指針には各環境要素(大気、騒音、水質、廃棄物、生態系、漁業、景観、文化遺産、他)について影響を予測する基準とガイドが記載されているが、その中でも、文化遺産については1999年に独立したガイダンスが出された。他の国の環境影響評価法と異なり、技術指針の中で、各環境要素について評価の基準が示されているのは香港の特徴であるが、その中でも文化遺産は特に積極的に検討を行う姿勢を打ち出している。その背景には上述したような遺産保護の課題に対し新しい環境影響評価制度から取り組んでゆこうという意図がある。

【香港環境影響評価制度における
歴史・文化遺産への影響評価の位置付け】
「環境影響評価制度の視点から新たな遺産保護手段を探る」
環境影響評価において考慮されるべき環境要素として「文化遺産」が含まれており、技術指針にその手法、手順などが示されている。その中では、文化遺産に関しては古物旧跡弁事処(Antiquities and Monuments Office)が環境影響評価手続きの各段階で適宜アドバイスを行ったり、意見の相違を解決するための助言を環境保護署長官に対して行うことが制度化されている。また、文化遺産への影響評価の理解促進、普及のために「環境影響評価作業における文化遺産への影響評価についてのガイド」が発行されている。このように独立したガイダンスが作成されているのは多くの環境要素の中でも「文化遺産」のみである。そこには、都市計画段階、あるいは開発事業段階における文化遺産保護の法的枠組みが存在しないという背景から、環境影響評価の手続きにイギリスでの開発許可、LBC、CACのような許認可プロセスの意味合いを持たせてゆこうという政府の意図が見られる。
文化遺産への影響評価の具体的手法としては、文化遺産自体の改変のみにとどまらず、事業が文化遺産に間接的に及ぼす様々な影響も考慮される。それと共に、影響評価の基礎的情報となる文化遺産の指定がまだ不十分であるとの認識を持ち、その裾野を広げる意向が伺える。

日本                     
【環境影響評価導入の背景】
日本における環境影響評価制度は経済界、産業界等の開発主体からの大きな反対をうけ、法制化が何度も見送られるという経緯があった。1984年にようやく閣議決定に基づき、要綱による環境影響評価が始まった。その後、環境基本法の制定が契機になり、環境影響評価制度の法制化が進められ、1999年から環境影響評価法が施行された。ちなみにOECD加盟国29カ国のうち法制化が最も遅れた。また、歴史的に開発者側の導入に対する消極論、反対論にさらされてきたため、導入案は骨抜きにされたという評価も多い。

【環境影響評価制度と文化遺産保護】
[環境影響評価制度]
1999年の環境影響評価法は行政指導のもと行われた閣議アセスの問題点を大幅に改善したといわれる。しかし、他国と比べると構造的に欠落している部分が多い。影響評価の過程において、他国で見られるような専門的な情報を有する諸機関への意見聴取はなく、政府機関で発言権を確保されているのは環境大臣と免許等を行う大臣のみである。また、影響評価要素も環境基本法の第14条にのっとり、7大公害要素と自然環境項目そして人と自然との豊かな触れあいといった項目に限られ、社会的、文化的な要素(歴史・文化遺産を含む)は対象となっていない。

[文化財保護制度]
文化財保護法による保護としては重要文化財への現状改変行為等の制限がある。しかし、他国と比べると文化遺産としての対象が狭い。都市計画の中での位置付けが弱い。などの違いがある。1996年に導入された登録文化財制度などは文化財の対象を広げるものとして期待される。

[地方自治体の環境影響評価条例―東京都]
地方自治体レベルでも独自の環境影響評価条例を持つところが多い。2000年3月現在、条例56団体、要綱等3団体、計59団体(うち都道府県47団体、政令指定都市12団体)が独自の環境影響評価制度を持っている。
地方自治体のアセスは自治体により内容は異なるが、一部には国の環境影響評価制度より積極的な規定を持つものもある。東京都では昭和56年から環境影響評価制度において史跡・文化財も影響の評価対象となってきた。
対象事業の規模も国より小さいので歴史的環境への影響をよりとらえやすい。

【環境影響評価制度と歴史・文化遺産保護制度】
 「狭義の環境問題に留まる環境影響評価制度」
制度導入の歴史的背景からも推測されるとおり、環境影響評価制度は環境省の仕事という意識が強く、他国で見られるような多機関の連携を持った取り組みの構造は見られない。歴史・文化遺産保護についてもそもそも対象とされる遺産の概念が限定的であり、都市計画の資源としての位置付けが弱いという性質がある。

まとめ                    

まとめ1:環境影響評価制度の枠組みにおける歴史・文化遺産評価のあり方について

環境要素の一つとして、歴史・文化遺産に対する影響評価が環境影響評価制度の枠組みの中でどのように行われるのかは、各国によって微妙に異なるが、以下の点に要約される。

・既存の遺産保護手続きがベースになる
既存の遺産保護の法律に基づく情報、規制、保護担当機関の責任者のアドバイスなどが遺産への影響評価の基礎的資料、枠組みとなる。

・モデル、数式を用いて定量的に示すものではない
他の環境要素の多くとは異なり、モデルを開発すべき指標ではない。上記情報をもとに定性的に判断される。

まとめ2:歴史文化遺産への影響評価
           を行う背景にある制度の要点
【環境保護政策レベルで】
・「環境」概念の範囲
「環境」の要素とは自然科学的なものから社会科学的なものまで広く人間の生活を豊かにするものと定義される必要がある。

・「環境問題」を環境省のみならず全ての省庁において取り組むべき課題とする
環境問題、政策が環境省、環境保護庁などによって統括されてはいても、その推進にあたっては他の機関も各自なりの環境保護方針を持って取り組む体制が必要である。

【環境影響評価制度レベルで】
・環境影響評価制度の事業許認可的要素を認識する
 自然環境分析の手法でなく意思決定システムとしての役目を重視しなくてはならない。そのために開発に関わるあらゆる環境影響要素を含めねばならない。

・EIAの枠組みにおける、関係機関、既存法律との協議、リンク
環境影響評価において、影響を受ける要素について専門的な情報を有する諸機関からのアドバイスを受ける仕組みが必要である。また、評価結果に対してだけではなく、様々なフェーズでその都度発言の機会が確保される必要がある。
また、歴史・文化遺産の保護に関しては概して環境影響評価法よりも先に歴史・文化遺産の保護法などによる保護規制制度が制定されている。それらが環境影響評価法においてはどう捕らえられるのか規定されるべきである。

・対象事業の範囲の問題
歴史・文化遺産は自然環境に比べて局所的に影響が現れるであるため、事業の規模に関わらず影響の評価、監視を必要とする。その意味でアメリカ、イギリスでは環境影響評価に該当しない事業にも遺産に関しては同様の影響評価の義務が担保されている意義は大きい。

【歴史・文化遺産保護制度レベルで】
・既存の歴史・文化遺産保護制度の見直し、充実
日本では従来、文化財について、指定数を抑えて補助金を与えることを重視してきた。しかし、環境の資産としての文化遺産はより広く様々な価値を持つ遺産を把握していなくてはならない。

・文化遺産の都市計画における位置付け
文化遺産が都市、あるいは地区の計画の中でどのように位置付けられていることにより、遺産の都市の中での機能、遺産同士の関連性、遺産周辺の環境の重要性など、が見出され、影響評価をする際に単体の状態以外に考慮すべき要素が増え、より効果的に評価を行うことができる。

【提言】
歴史・文化遺産への影響評価の問題を考えることが日本の環境影響評価制度のあり方に投げかける課題は多くある。また、それは転じて既存の遺産保護制度自身の今後の流れに対しても、「宝」としてではない、「環境」としての歴史・文化遺産の捉え方を示すきっかけになると考えられる。現時点では、環境影響評価という制度の研究分野に関しては環境に関する自然科学諸分野からのアプローチが多く、都市計画、遺産保護などの分野からは発言が少ないと思われる。この研究で挙げた国に代表される海外の制度を参考に、より広い枠組みとしての環境影響評価制度の充実が期待される。
《主要参考文献》
原田、他 「現代の都市法」 東京大学出版会、1993年
原科幸彦 「環境アセスメント」、放送大学教育振興会、2000年
加藤、他 「歴史的遺産の保護」、信山社、1997年
地球・人間環境フォーラム 「世界の環境アセスメント」、 ぎょうせい, 1996年
財団法人環境調査センター 「各国の環境法」、第一法規出版、1982年
西村幸夫 「環境保全と景観創造」、鹿島出版会、1997年
Canter, Larry “Environmental Impact Assessment 2nd edition”, McGraw-Hill, 1996
「香港環境保護署」http://www.info.gov.hk/epd/index.htm