フランスにおけるPOSの枠組みでの歴史的環境保全政策に関する研究
――パリ市 フォーブール・サン‐タントワーヌ地区におけるPOS修正を例に――
A Study on Policies of Historic Preservation in POS in France
―A Case Study of Modification of POS in Faubourg Saint-Antoine in Paris―
 
76158 吉田 聡子
 
  French government has developed methods to preserve historic monuments and sites since 19th century. The policies of preservation, as well as the idea, have been enlarged through this century. On the other hand, the land use planning made by each local government, Plan d'Occupation des Sols (POS) in French has played an important role on historic preservation since 1970s.
  The aim of this paper is to reveal a new effective system for historic preservation; the modification of POS partly for a district. By properly modifying, POS becomes a strong tool to maintain a district that has few outstanding heritages, but has characteristic urban landscapes. As a case study, we see a quarter "Faubourg Saint-Antoine" in Paris.
   In conclusion, the advantages of the modification of POS for preservation are characterised as follows:
1. Not only vernacular architectures and landscapes, but also the life style can be effectively preserved.
2. The procedure is simpler and takes less time than that of the revision of POS or applying other national policies.
3. Since modified POS is exactly the basic urban planning, contradiction between preservation and urban planing can be avoid.
 
 
1. 研究の目的と論文の構成

 歴史的な遺産の保全は、その環境や景観という側面も含め、市民の大きな関心を集めている。今日の日本でも、保全のための様々な制度――条例や地区計画、伝統的建造物群保存地区など――が作成・活用されてきた。
 ところが一方で、都市計画法・建築基準法が定める、一般的でごく大まかではあるが法的拘束力を持つ規制も存在する。そこで、今や保全に関する制度のメニューが多岐にわたっている上に、制度ごと、項目ごとにこれらの既存の法律との整合性を考慮しなければならない、という非常に複雑な事態となっている。 
 問題は、個別の保全制度自体にあるというより、むしろ、「緩い」都市計画規制の上に「厳しい」保全制度の規制をかける、という都市計画手法にあるのではないだろうか。
 
 フランスは、19世紀半ばから国家主導で歴史的遺産の保全に取り組んできた国である。しかし近年では、従来の保全制度の理念を受け継ぎながらも、国の特別な「制度」ではなく、市町村の「都市計画」の中で歴史的な遺産や環境・景観を保全していこうという動きが盛んになってきている。その対象も、既に様々な「制度」で守られている国家レベルの歴史的遺産というより、むしろ地域住民に密着した身近な環境が主流である。
 このフランスの新しい取り組みは、日本にとっても非常に示唆に富むものである。しかしまだその歴史が浅いことや、さらにフランスの都市計画自体が日本でそれ程研究されてこなかったことなどから、その内容については明らかでないところが多い。
 本研究は、フランスの遺産保全制度、都市計画制度の歴史を踏まえつつ、今日のフランスの都市計画において、その部分的な詳細化という形で行われている歴史的環境保全の取り組みを検証し、考察することを目的としている。
 フランスでは、1967年の土地基本法制定以来、二段階の都市計画システムが取られている。本論文では、下位の詳細地区計画だが、私有権の直接制限力を持つ「土地占用計画」(Plan d'Occupation des Sols;以下POS)を対象とする。
 従来からPOSを利用した保全に積極的であり、また資料が豊富な点から、パリ市を研究対象とした。パリ市の主なPOS詳細化地区は6つあるが、その歴史や修正計画内容の点で最も興味深いと思われた、フォーブール・サン‐タントワーヌ地区(パリ11,12区)を事例として取り上げる。
2. 歴史的環境保全制度の発展
 フランスの歴史的環境保全は、今世紀を通して以下の3点の大きな変化が見られる;
 
 この流れを念頭に、まず歴史的環境保全に関する国の諸制度を整理する。
 
・フランス革命による破壊を契機に、遺産保護の動きが活発になった。1830年代からは、国家的な政策として、救済を要する歴史的遺産のリストアップや保護措置が図られるようになった。この時以来、国が遺産保護の先頭に立つという姿勢は、フランスの歴史的環境保全政策の基本となる。
・1913年法による歴史的記念物(Monuments Historiques)の指定・登録制度は、今日まで保全政策の大きな柱となってきた。該当件数は現在でも増えつづけている。1943年法によって歴史的記念物の周辺(Abords) 500m圏に自動的に景観規制がかかるようになり、面的な景観保全も進んでいった。 
・一方では19世紀後半以来、広く民間から自然保護の動きが起こっており、景観の保全を目的とした1930年法成立の契機となった。これは自然景観が当初から主な対象であったが、「歴史的」な景観をも視野に入れており、そのような適用例もある(パリ市の場合、1975年に市内の広い範囲を登録景観区域とした)。
・これらの諸制度(1913年法、1943年法、1930年法)は、建物の取り壊しや建設を許可等によって「規制」(あるいは事実上「禁止」)するものである。
・1962年法による保全地区(Secteurs Sauvegardes)の制度は、修復事業や土地利用政策をも含めた積極的な保全政策である。しかし手続きが複雑で時間がかかることが、しばしば問題となっている。
・1983年に生まれた建築・都市・景観的遺産保護区域(Zone de Protection du Patrimoine Architectural, Urbain et Paysager; ZPPAUP)は、小規模な市町村が自らの地域の保全を行うのに有効な制度である。とはいえ、市町村独自で計画を策定できない場合は、国の意向が強く働き、国と市町村の意見がまとまらず凍結してしまうケースもある。
 ここで、先に列挙した3点に戻って考えると、これらの諸制度は今日の保全の要求に対して、次のような限界を抱えていることが明らかになる。
 
・建物の取り壊しや建設を厳しく規制
  →  一般の既成市街地には馴染みづらい
・都市計画(POS)の規制とは別扱い
  →  保全対象が例外的存在ではなくなり、量的にも増えたため、常にPOSとの整合性が問題となる
・「国」主導の伝統
  →  手続きが複雑で時間がかかる
 
3. POSの枠組み
1. POSの制度
 このような状況下で、70年代の登場以来注目を集めているのが、POSによる歴史的環境の保全である。     POSは制度誕生以来30年の間に、その制度的枠組みは維持しながらも2つの重要な改正を経ている。
_ POSの策定権限が国と市町村の共同から、市町村主導へ(1983年)
_ POSが「景観paysage」の変容をコントロールすることが明文化される(1993年)
 この2つの重要な法改正によって、近年、市町村主導でPOSによって地域の景観を独自に保全していこうという動きが、まずます活発化している。
2.  POSの手法
 POSはパリで運用されてまだ20年である。
 しかし重要な規則のいくつかは、遡ること数世紀前からパリに存在し、その伝統が評価されてPOSに組み込まれたものである。つまり、実際は国の保全の諸制度よりも長い歴史を持ち、事実上パリ市の街並みを形成してきた、ともいえるのである。
 これらの規則の興味深い点は、非衛生等の都市問題解決を目的に導入されたのにもかかわらず、長年の運用の効果によって、「統一した都市景観の形成」をはかるのに欠かせない道具となったことである。
 
 1967年の都市計画指導プラン(PUD)は、規制緩和の都市政策を推し進めた。その結果、パリの伝統的な街並みは分断される。77年のPOSは一転、歴史的環境保全の立場を鮮明にする。その際に多くの規則が、その伝統を重んじて運用されるようになったのである。
 
4. POS修正 ―― パリ市 フォーブール・サン‐タントワーヌ地区を例に
1. POS修正とは何か
 POSは基本的にゾーニングを採用する。よって、ゾーンごとの規則をどんなに数値的に細かく決定しても、ゾーン内の地区の多様性には必ずしも対応できない。
 そこでパリでは、特に90年代以降、中心部ほど歴史的記念物が集中しているわけではないが全体として興味深い歴史的環境を有している地区を、その地区にのみ特別な、新たなPOSによって保全していこうという動きが強まる。
 このようにして生まれたPOSは、従来のPOSと対比させて、「地区のPOS」(POS de quartier)、あるいは「特別なPOS」(POS particulier)と呼ばれている。また法律的には、部分的な「POS修正」(modification de POS)である。
 POS修正自体は、89年〜94年の間では、パリ市内で25の地区が対象となっている。しかし中でも、6つの地区は、その規模や修正内容が広範囲にわたり、ゾーニングの新設や統廃合まで引き起こしたものとして知られている(表3参照)。
 
これらの地区のPOS修正に共通なのは、以下の3点であるとされている;
_ いくつかの都市機能を奨励、あるいは制限する 
------一般には商業や通りに面した活動を奨励し、2階以上におけるオフィスの開発等を抑制する  
_ 既存の都市景観 (paysage urbain)、とりわけ通りの景観を尊重する
------建物の建設に関して、また区画内部空間に関してのPOSの規則を(よりよい形で)適用する
_ いくつかの注目すべき要素を保護する
------建築的な質の高さ、あるいは地区のイメージや歴史を体現しているような建物や中庭等
2. フォーブール・サン‐タントワーヌ地区の特長
1. 概要
・パリ11区・12区にまたがる85haの地区
・伝統的に職人(家具製造、金属加工など)の町
・工・商・住機能の複合
・変化に富む空間構成
2. 歴史
・修道院設立(1198年)が起源。修道院が組合に属さない職人を受け入れ、手工業が発展。
・旧体制下で、フォーブール・サン‐タントワーヌ内での手工業製品販売を義務付けたため、工房兼販売所が発達。今日まで残る。
・19世紀に都市化が進展。家内工業の繁栄。
・今世紀初頭から、「不衛生区画」として再開発計画がたてられる。またPUDの規制緩和により、伝統的な街並みが危機的状況になる。しかしフォーブール・サン‐タントワーヌ通りをはじめ、地区の多くはよく残された。
 
3. 都市と建築
・中世に主な通りが形成されたため、道幅が狭い
・様々な形態の道路(大通り、通り、パッサージュ、行き止まりなど)が錯綜し、空間に深みを与えている
・17〜19世紀の様々な建築が残されている
・まっすぐな建築線、簡潔で明るい色のファサード、規則性のある開口部の連続が特長
3. POS修正の内容
1. 背景と目的
POS住宅ゾーン(UHa)内での保全には限界がある
→ あらたにUSAゾーン(Zone Urbain Saint-Antoine)を創設
4. POS修正の過

 フォーブール・サン‐タントワーヌにおけるPOSの過程を下の図で表した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
POS修正は市町村のみで行えるため、調査開始から修正承認までが比較的短期間である。
 またパリ市の場合、APUR(Atelier Parisien d’Urbanisme)という、パリ市の都市計画専門部局(市・県・国の共同出資)がイニシアティブを取って、実際の検討作業を行っている。
 住民参加については、POS策定時と同様に、住民団体を通した間接的な参加及び公開意見調査が行われている。
 
5. 考察
 フォーブール・サン‐タントワーヌの事例分析の結果、POS詳細化が他の歴史的遺産保全制度と比べて、とりわけ優れていると考えられるのは、
 
・「景観」だけでなく、伝統的な「職人の街」としての「環境」も保全できる
 ―POSの従来の手法をより詳細に適用
 ―さらに建築や中庭をPOSのもとで保護
・短期間で、綿密な調査に基づく計画が完成
 
という点である。
 そしてこれらは、共に、POSの性質と不可分なものでもある。なぜなら前者に関しては、POS規制の柱であるCOS等をより詳細に適用したことが大きく、後者に関しては、POS修正が市町村のみで比較的簡易に行えることによっているからだ。
 
 以上より、歴史的環境保全を目的としたPOSの詳細化は
 
理念_歴史的環境保全における今日的な3つの課題(「面」としての保全、「身近な」遺産保全、「市町村」主導)を満たす
手法_伝統的規制をさらに洗練して応用
制度_拘束的都市計画そのものである
 
とまとめられる。このように、基盤となる都市計画の中で歴史的環境の保全を行うメリットは大きい。今後、従来の国の保全制度では見落とされがちであった地区において、活用が進んでいくことが期待される。
 
◎主要参考文献:
1)原田純孝:「フランス都市計画と地方分権化」(上)社会科学研究 44巻6号,東京大学社会科学研究所,1993年,pp1-52, (下)同45巻2号,pp157−234
2)BADY Jean-Pierre, Les monuments historiques en France, Paris: Presses Universitaires de France, 1998
3)鈴木隆:「フランスにおける都市景観コントロールの手法と実際」 日本不動産学会誌,1994年10月号 pp59−69
4)HERVIER Dominique,FERAULT Marie-Agn_s,Le faubourg Saint-Antoine--Un double visage-- Association pour le Patrimoine de l'_le-de-France (APPIF), 1998
5)MINNAERT Jean-Baptiste, Le faubourg Saint-Antoine-- Architecture et metiers d'art--,  Action Artistique de la Ville de Paris , 1998-(Collection Paris et son Patrimoine)


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