街市を中心とする香港の空間構成に関する研究
A Study on Retail Market as Determinants of Space Constitution in Hong Kong
26091 木下 光

This study aims to make clear space constitution in Hong Kong using the retail market (
which is located at every district and deals with fresh meat, fish, vegetables, fruits) as the basis of delineation. Through a survey of 25 retail markets, three conclusions have been formulated. First, retail markets have five stages ;of development, so that it is possible to categorize retail markets and to recognize ite development phases. Second, due to the strong relationship between the retail market and its district, he location of retail markets determine the spatial structure and character of Hong Kong in terms of city scale. Third, through a detailed survey of the Yau Ma Tei district, it is found that street activities are the predominant factor that determines space constitution of each district.

章構成
1. 序章
 1.1 研究背景及び研究目的
 1.2 研究の対象地域
2. 香港の都市形成の歴史
 2.1 概説
 2.2 地図で見る市街地の形成過程
 2.3 航空写真で見る市街地の形成過程
 2.4 埋立の変遷
 2.5 小結
3. 街市及びその空間構成
 3.1 街市の定義
 3.2 街市の生成過程
 3.3 街市の実例
 3.4 街市の分類
 3.5 小結
4. 街市を用いた空間のタイポロジー及び都市構造
 4.1 タイポロジーの方法論
 4.2 空間のタイポロジー
 4.3 街市を中心とする都市構造の解読
 4.4 小結
5. 街区の居住者の階層構成及び土地・空間利用
 5.1 街区の階層構成
 5.2 街市のある街区の空間利用の実例
 5.3 小結
6. 街市を中心とする香港の街区の空間構成
       〜ケーススタディ:油麻地(九龍)
 6.1 油麻地の街区設定
 6.2 油麻地の居住空間
 6.3 油麻地のストリート・アクティビティ
 6.4 油麻地の空間利用
 6.5 cross-sectionでみる街区の空間構成
 6.6 居住空間と街区の関連性
 6.7 小結
7. 結論
 7.1 街市の法則性
 7.2 都市構造
 7.3 街区の空間構成
 7.4 評価

1章
研究背景
1.日本の空間とアジアの空間という比較図式
 →絶対的な差異から相対的な類似性
2.風土固有の空間が持つ多くの意味の解読
 →人々、文化がつくる生活空間
3.アジアの空間が有する曖昧性の考察
 →西洋と比べて曖昧であるアジアの空間
研究目的
1.街市及びその空間の背景にある意味の解読
2.香港の都市構造の考察:都市的スケール
3.街区空間構成の考察:ヒューマンスケール
4.街市を中心につくられる空間に対する評価

2章
香港の都市形成のプロセス

3章
 現在、USD管轄の香港島、九龍において、街市は53箇所(2箇所は新規の街市で建設中)あり、出店しているstallの数は、香港島で4264、九龍で6061あり、総数は10323である。(1993年6月現在)
 stallの出店数は街市の規模、すなわち街区の規模によるが、小さい所で30から50、大きな所では200から300、最大では700くらい出店している街市もある。
街市
1)低層の都市:1930年代から1970年代に建設。肉、魚を中心に生鮮食料品を扱う。屋上が公園や官舎になっている場合もある。
2)高層の街市:1960年代以降に建設。低層階に1)と同じ形で生鮮食料品の市場が入り、その上階C/Fや公共施設があるCOMPLEX。
街市は、USDによって貸し与えられる間口2、3mのstallと呼ばれる店舗によって構成されている。
hawkers
 肉、魚を除く生鮮食料品、雑貨を扱う物売りでUSD発効のライセンスによって営業している。現在、2種類のhawkersがある。
1)fixed-pitch:路上に固定された屋台、最終的には街市に収容される予定。
2)moving cart:移動式の屋台、新規のライセンスの発効は停止。→将来的に消滅。
商店街
 本研究で主に扱うのは、街市のそばにあり、生鮮食料品・日用雑貨を扱う商店街である。中層の建物の一階部分にこれらの商店が入り、街路に沿って連続して商店街を形成している。これが数百メートルにわたって、hawkersや街市と一体になって食に関する商業空間をつくりあげている
街市の形成過程
街市の実例
 研究対象地域内にある25箇所の街市の調査を行った。調査結果から、街市の形成過程を周辺街区の現状を用いて以下のように街市を分類した。
街市の分類
<まとめ>
1.九龍は中層中心の街区、香港島は中・高層混在の街区が目立つ。これは九龍に香港島と比べて中国人コミュニティーが一定の規模で空間を占めているためであり、香港島はほとんどの街区が商業業務地区と隣接しており、再開発が進んだ結果と考えられる。また、九龍・香港島ともに街市の周辺は類似性の高い空間となっている。
2.調査を行った街市25箇所の内、11箇所が4段階以降の街市である。これは近年いかに3段階から街市の形態が変化しているかを物語っている。今後、多くの3段階の状態にある街市が5段階に移行すると思われるが、建物の更新に伴い、街市に付随しているhawkersが建物内に収容されるため街市を中心とする商業空間の構成は大きく変化するものと予想される。

4章
街市の有無を基準に街区形態のタイポロジーを行う。
街市のある街区の形態
<まとめ>
 街市のある街区は高密度な建物構成で、建物は街区で切り取られた矩形の敷地がそのまま建ち上がった形態である。また、香港島は入り組んだ街路構成であるのに対して、九龍はグリッドパターンの構成になっている。一方、街市のない街区は前者ほど高密度ではなく、建物も自由な形態をとっている。
都市構造の解読
以上の結果から、街市を中心として香港の都市構造を解読することが可能である。

5章
街区居住者の階層構成
 街市のある街区にどのような階層の人々が暮らしているかを職業と月世帯所得を用いて街市のない街区と比較しながら考察する。表において1.4.3・1.8.1/2・2.3.2・2.3.5は街市のない街区である。
<まとめ>
街市のある街区は低所得のブルーカラー層が多く、街市のない街区の居住者との間に大きな格差がある。
街区の土地及び空間利用
 街市のある街区の類似性をさらに考察するために10箇所の街市のある街区の土地及び空間利用を示す

6章
 ケーススタディとして九龍の油麻地地区で屋外でのアクティビティを中心に調査を行った。 
油麻地のストリート・アクティビティ:人々の活動を支える装置
1.hawkers:街市周辺に線的に並ぶのが最も多いが、その他にも街角にスナック類を売るhawkersが出る。
2.ナイトマーケット:Temple St.に夕方から深夜に毎日できる仮設のマーケット。これに合わせて商店やhawkers、レストランが商売を始めるため、この通り一帯は街市周辺と入れ替わるように賑やかになる。
3.大牌襠(C/F):街市やナイトマーケット近くには、食事を出す屋台が集まった大牌襠があり、朝早くから深夜まで賑わっている。
4.路地裏:建物の間の細い路地は、しばしば工場や商店の作業場や一種のキッチンとして活用されている。
居住空間:住宅プラン→中・高所得層の住宅との比較面積が少ないだけでなく、間取り的に個人のスペースがいかにないかということがわかる。
個人の空間の欠如→一日の大半を屋外で過ごす→豊かなストリート・アクティビティとそれを支える装置
街区の空間構成
油麻地のcross-sectionが典型的な街市周辺街区の空間構成である。これから、居住形態と街区屋外の活動の密接な関係がわかる。そして、居住面積の圧倒的な不足による豊かなストリート・アクティビティは香港の空間の曖昧性をつくる大きな一因となっているものと考察できる。

7章
7.1街市の法則性
街市:街区を構成し、コミュニティをつくる中心的役割・街市の動向・街区との相互依存関係
1.街市はhawkersや商店街と一体になって、人々にとって生活に不可欠な生鮮食料品や日用雑貨を供給する商業空間であると共に、街区を構成する上で核となり、コミュニティをつくる大きな原動力となっている。
2.1930年代から1970年代につくられた街市は、肉、魚を中心に扱う低層の建物を中心に路上のhawkersや街路沿いの商店街と一体化して、線的な商業空間をつくっている。一方、1980年代から今日にかけてつくられている街市は、高層建築の中に、前者の街市が持つ機能に加えて、図書館や体育館といった公共施設を持つ。これは、建物と路上という内と外の組み合わせによってつくられていた街市から、建物内部にすべてを収容する街市への移行である。
3.街市と街区の関係は表裏一体である。一人当たりの私有空間が不足しているため、人々が路上に溢れ、街市がコミュニティ・スペースになっているとも言えるし、街市が人々の生活を比較的安価に支える力を持っているため、所得のあまり高くない人々が集まり、周囲に高密居住空間を形成するとも言える。
7.2香港の都市構造
1.香港島の都市的構造:階層性
商業業務地区→低所得層(街市のある街区)→中所得層→高所得層(主に欧米人の居住区)
埋立地---平地・山裾---中腹---山頂付近
 香港島ではその地形的背景や都市形成の歴史的背景から、所得層に応じての住分けが顕著にみられる。地形的背景とは、香港島の北側は狭く、東西に細長い平地が続き、急勾配で市街地に山が迫っているということである。一方、都市形成の歴史的背景とは中国人と欧米人がイギリスの政策によって、個々に街区をつくり、居住に関する文化的土壌の違いから欧米人は山側の傾斜地に、中国人は平地に住んだということである。この二つの要素が重なり合って、豊かな階層ほど高いところに住むという図式が出来上がった。
2.九龍の都市的構造:連鎖性
九龍では、人々が居住する街区はほとんど街市を中心に構成される街区である。そして各街区の空間構成はグリッドパターンの街路構成と高密に街路に沿って建ち上がっている中層の建物構成と類似性が非常に高い。この事は香港島にもあてはまるが、全居住街区に街市を中心とする街区の占める割合は九龍ほどではない。九龍の街区は南北の開発軸に沿って重なり合うように連鎖している。
7.3街区の空間構成
1.街区の特徴
高密居住・居住面積の不足・低所得層・街路と密接な関係にある建物構成・空間利用の構成
7.2の九龍で述べた連鎖する個々の空間は、どれも人口密度は2000人/ha前後と非常に高く、一人当たりの居住面積は、15m2と不足しており、低所得層の居住が目立つ。街路構成はグリッドパターンで、街路と並行に建つ中層建築によって主に空間は構成されている。さらに、一階部分にはすべて商業施設等が入り、二階以上住宅を中心に商工業や時には幼稚園等も混在するという空間利用になっている。
2.街区の空間構成の特徴:合理性
街区=住宅・商業等様々な都市機能の三次元での組み合わせ:mixed-use→街区≒都市
(ゾーニングによる街区=主にある機能によってしめられる純化された空間→交通による街区の組み合わせ=都市)
街市にある街区空間は、ある機能によって純化された空間とは対照的に1階部分を占める商業、2階以上の住宅機能を中心に構成されるmixed-useされた空間と言うことができるだろう。したがって、ゾーニングが作るようなある程度広い地域に一つの都市が形成されるのではなく、街区それ自体が我々の空間で言う都市である。そして、住宅、商業、オフィス、工場といった様々な機能が平面的に境界を持って組み合わされるのではなく、三次元で展開している。住宅の周辺に生活に必要な諸機能(街市を中心とする商業空間等)があるため、高度に合理的な空間構成となっているのである。
3.街区の空間構成の特徴:補完性
街区=居住空間+路上空間+商業空間+裏路地+小公園+・・・
→0.2+0.1+0.3+0.1+・・・≒1
それ自体が都市である街区では、一人当たりの居住面積が不足しているため、生活のスペースは街区の中で補完されている。すなわち、裏路地がキッチンであったり、小公園や路上区間がリビングであったりと建物の外である街区内の屋外に人々の生活がはみ出している。そして、これを支えているのが、街市を中心とする商業空間であることは言うまでもない。また、補完性は2.で述べた街区=都市にも当てはまり、様々な諸機能が同じ空間構成の中で互いを補完しながら、街区を作っている。
評価
1.街市の変化及び街市の区間について
2.街区の空間構成における空間の補完性について
1.街市の形態を高層化することは、土地の不足している香港において、公共空間を各街区につくり出す唯一の手段であるが、それと同時に路上のhawkersを建物内に収容することには問題である。収容する理由として、USDは衛生、交通、管理の三点を挙げる。衛生上、野菜・果物や乾物等の加工品、衣類等の日曜雑貨品が路上で売られるのは基本的に問題はない。交通に関しても、hawkersは街区内の生活街路を使っているにすぎない。また、管理上でのUSDの狙いは、不法なhawkersの取締にあり、これゆえに香港商人の原点でもあるhawkersそのものの存在まで揺るがすような政策を採ることは、本末転倒ではないだろうか。また、hawkersや商店街と一体化している低層の街市が街区と連動し、コミュニティの核となって生活空間を形成しているのに対して高層の街市は独立した形態であり、建築計画的にも一層の改善が不要であると思われる。
2.我々の空間に比べて路上や屋外が交通以外の様々な形で利用されている。これは居住する人々の所得が低かったり、一人当たりの居住面積が圧倒的に不足していたり、それにも関わらず高密度な居住が行われていたりする結果でもある。不足している空間が屋外、すなわち都市において補完されているのであるが、この空間には人々が集まって住むという機能や個々の区間が互いに互いを補完しながら、人々にとってできるかぎり心地よい空間に構成していく。互いに助け合って人々が生活していくように空間も相互に足りない分を補いあっているのである。
参考文献
1.SD9203〜香港特集 東京大学大野研究室 鹿島出版会 1992
2.都市空間の解剖 編著 二宮博之他 新評論アナール文選4 1985
3.もっと知りたい香港 編著 可児弘明 弘文堂 1984
4.中国人の街づくり 郭中靖・堀米憲一共著 相模選書 1980
5.香港および香港問題の研究 編著 可児弘明 東方書店 1991
6.香港市民生活見聞 編著 島尾伸三 新潮文庫 1984
7.香港 旅の雑学ノート 編著 山口文憲 新潮文庫
8.アジアの都市と建築 編著 加藤祐三 鹿島出版会 1986
9.地球の歩き方〜香港 地球の歩き方編集室 ダイアモンド・ビッグ社 1993


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