都市設計における人工生命概念の適用に関する基礎的研究
A fundamental study of the application of the concept of artificial life to urban design

26087 青山 昭裕

The aim of this study is to examine the concept of artificial life to urban design.
The first part of this paper explains the concept of artificial life and the relation of this and urban design. Cities are very similar to life in many ways, so we can regard it as life-like systems. Artificial life has the approach, that by synthesizing life-like systems on computer, grasp the nature of it.
The second part is review of past studies of the formation of cities.
The last part is modeling of cities and simulation. First, I hypothesized that the formation of cities can be represented by a set of simple elements and rules. Then I modeled a city consists of buildings as autonomous agents and infrastructure. Infrastructure is serviced according to the number of the buildings. Each buildings does self-reproduce and die out. She can't self-reproduce within minimun-distance from neighbourhood (2 types). In simulation, this model could represent the process of growth of city.
This result is merely primitive but shows that artificial life has possiblities in urban design.

はじめに
都市現象は極めて複雑である。設計または計画する立場にある者はこの都市をいかに把握すればよいのであろう。現象をありのままに(静的に)表現するよりも、動的な形成のメカニズムを考慮し個々の要素から積み上げていくことが必要であろう。このような問題意識をもとに都市の表現法を探った。
都市を建築物からなる集合と定義し、その形態的な側面に着目した場合、その複雑さには以下のような特徴がある。
(1)都市は、(都市全体の複雑さに比較すれば)単純な建築物によって構成されている
(2)都市から個々の建築物に至るスケールの各レベルで、その形態を規定する条件、規制などのルールが働いている
(3)都市は、多くの主体による建築物の建設及び破壊という自律的な部分と、規制及び誘導や事業といった制御・計画的な部分に分けることができる
複雑な現象を表わす方法は種々あろう。本研究では、現象レベルでの単純化を目的とせず、上に挙げた都市の性質を考慮して、単純な要素とルールの組から構成することにより、できるだけ複雑さを損なわずに表現する方法をとる。
そのためには、ボトムアップ的なアプローチによる形態形成の理論が必要である。人工生命概念とは、要素の局所的な相互作用から全体を形成し、この全体がまた各要素に作用するようなシステム構成のアプローチをとるものであり、本研究ではこの概念の適用可能性を探ることを目的とする。
論文の順序としては、まず人工生命概念を説明し、次に都市を形成する原理に関して既往研究より整理し、得られた知見をもとに人工生命概念を用いて都市をモデル化し計算機上でシミュレーションを行い、考察を行った。

1.人工生命概念の基本構造
人工生命が手本としている現実の生命についてまとめ、次に人工生命概念について考察し、さらに本研究との関わりについて説明した。

1−1.生命とは
生命は明確に定義できないが、生命体であるための基準はいくつか挙げられる。個体レベルでは1)自己複製すること(遺伝)、2)自己組織化すること(発生、発達)、3)自己維持すること(代謝、免疫)、集団レベルでは4)適応すること(進化)などである。
複製とは、親と同一形質を持つ子を作ることであり、形質情報の伝達はDNAなどからなる遺伝子が行う。この遺伝子の配列を遺伝子型、形質を持つ個体を表現型と呼ぶ。情報伝達の際に変異が起きると、子の遺伝子型は親と異なったものとなる。
組織化とは、遺伝子型が表現型へと実現すること、及びその表現型が成長することである。
維持とは、古くなった細胞などを新しく取り替えること、及び有害物質を排除して自己を守ることである。
適応とは、集団内において、変異により発生した個体性質のばらつきの分布を、環境に合うように変化させることである。この集団レベルの変化は、相対的に環境により適した個体ほど生存・繁殖の確率が高いという自然選択によって行われる。

1−2.人工生命の目的及びアプローチ
人工生命(Artifitial Life、AL)概念の定義も未だ定まっていないが、北野[1993]は以下のように示している。
人工生命は、生命の計算としての側面に関する研究の分野である。そして、1)生命を司るダイナミクスの計算的側面を抽象化しそこにある法則を発見すること、2)有用な適応・進化システムを構築すること、などを目的とする。
研究の対象としては、現実の生命系または擬似生命的な人工系であり、いずれも個から組織まで各レベルの現象が視野に入れられている。この系(システム)の特徴としては、Langton[1992]が挙げた以下のリストが妥当であろう。
・単純なプログラム(構成要素)の集合からなる
・他の構成要素全てに指示を出す構成要素(司令者)は存在しない
・各々の要素はその置かれた局所的環境でどのように反応するかの定義を持つ
・全体の挙動を決定するルールは保持しない
・よって、いかなる挙動も発現的(emergent)なものである
これは、全ての生物システムに共通する特徴と言える。
人工生命概念を用いた研究では、生命の基準を満たす系を、1)計算機のメモり空間内に構築するか、2)ロボットまたは有機化合物として現実空間に作り出す、のどちらかの方法をとる。
 つまり、人工生命とは、生命系の特徴を有する自然または人工システムに関する研究であり、生物的な行動を計算機上などで合成することにより、分析を中心とした実証研究を補完するものである。

1−3.人工生命概念の背景
人工生命概念が生まれた背景には、知能の実現を目指した従来の人工知能(AI)が依った記号モデル論・表象主義の行き詰まりがある。これは、論理的に整合しかつ表象可能な概念体系の存在を前提としており、コンピュータに知識を入れておけば、推論機能を使って問題に答えることができると考えられていた。
しかし、このためにはあらかじめ全ての状況を命題として明示しておく必要がある。これは不可能であり、そのため人工知能の成功は限られたものとなった。
これに対して人工生命では、はじめから高い知能の実現を目指すことはせず、自然のやり方をまねて、まず生命の基本行動(発生、食餌、適応、学習、競争、共存、生殖、死滅など)を行う低級な知能体を多く発生させる。そして、自然(または工学的基準による)選択に委ねて、次第に高度な知能体を実現してゆこうとするものである。

1−4.本研究のアプローチ
本研究では、以上に説明した人工生命概念を用いている。ポイントは次の3つである。
(1)擬似生命システムとしての都市
モデルの構築に関しては、都市と生物集団の、@成長・増殖・衰退・新陳代謝を行う、A分散性がある=主体が多い、などの類似性に着目して都市を、”建築物=擬似生命体”からなるシステムと見なす。また、建築物は遺伝子型を持ち、各遺伝子座は、環境の持つ(法律など)配列表現の対応する位置を参照して、形態(高さ、容積など)及び機能を規定する。
この考えに基づくと、建築物のモデル及び都市のフレームは次図のようになる。

EMBED MSDraw エ* mergeformat
図1.建築物のモデル
EMBED MSDraw エ* mergeformat
図2.都市のフレーム

(2)生成型のアプローチ
分析的に考察を進めるのではなく、相補的な関係にある生成的なアプローチをとる。ここでは、まず仮の構造を作り、その結果現れるパターン(機能)を検討し、目的に合わなければ構造を作り替えるという探索を行う。
(3)自律的な合成
都市は多様な意思をもつ主体が存在し、無数の関係が生じ、それぞれは全体に対して目的を持たない複雑な構造体であり、このモデルを人為的に作り上げるには限界がある。そこで自律的な合成を行なう。つまり、1)構造のクラスを生成する機能と、2)その中から環境に適った構造を選択する機能を与えるのである。人工生命概念においては、構造体は、一定の合成規則に基づき単純な要素から原始的なルールによって作られる。

2.都市を形成する原理
都市形成の過程を既往の研究より考察した。一般に、集落が発展して都市が成立するという過程を想定することができる。成長とは、物的には建築物が集積しかつ外延化することであり、非物的な側面では各種機能の付加である。

2−1.立地論
建築物立地に関しては既に多くの研究がなされている。立地論では、ある活動主体の最適立地点は、1)中心までの距離、2)集積の度合、3)土地の面積、などの基本的な要因によって決定されるとされている。
また、都市の土地利用は異なる立地主体の競合関係の中で決定されるので、個々の立地主体の最適立地点を求めるだけでは不十分である。ハードやアロンゾは、土地利用カテゴリー間の競合関係を導入し、等質平面と近似した都市の中心までの距離を立地の決定要因とした抽象モデルを用いて、同心円状の土地利用を導いた。

2−2.土地利用モデル
土地利用モデルは、交通計画の分野において、交通施設整備による土地利用へのインパクトを予測する目的で開発されてきた。「非集計モデル」は、個人単位のデータを分析しその交通行動をモデル化するミクロな視点からのアプローチであった。この考えは、さらに立地行動のモデル化に発展した。
ここでは、モデル化の段階で各主体の多様性を前提とし、個人または企業は、各自の効用関数に従って合理的に居住場所・立地場所を選択するとしている。また、各自の効用は、ランダム効用の理論を背景として、確率的に変動し統計的分布に従うものとされている。

2−3.まとめ
2−1に挙げた移動要因に従う各主体の行動が積み重なって、都市が形成されるのであった。しかし、特に本研究ではその形態的な形成に着目しているため、移動の制約など都市の固定性を考慮する必要があろう。

3.都市形成のシミュレーション
既往研究からの知見を用い、人工生命概念により都市モデルを構築しシミュレーションを行った。

3−1.仮説
「複雑な都市形態は、簡単な要素とルールの組で表わすことができる」との仮説を立てた。

3−2.モデルの構築
知見をもとに、仮説を検証するために、都市をその物的な形成局面に関してモデル化した。モデル化に際しては、次に示すように用語の定義および基本的な仮定を行った。
(1)用語の定義
・建築物:擬似生命体1体に相当する自律的な個体。表現型ともいう。
・建築型分類子:建築物のタイプを表現する。遺伝子型ともいう。
・インフラストラクチャー(インフラ):計画者が建設する。道路、上下水道などの施設。
・効用:インフラによって得られる便益のこと。
・地域:シミュレーションで対象とする範囲。範囲内を域内、範囲外を域外とする。
・ゾーン:インフラを整備する際の最小単位となる、1辺の長さlの方形の範囲。

(2)基本的な仮定
1 SYMBOL 186 エf "Times New Roman" 建築物に関わる仮定
〔仮定1−1〕建築物は、”他との相互作用”に関る属性として最小隣棟距離を持つ
建築物は、この距離だけ他と離れて立地しなければならない。この距離にはD1とD2(D1<D2)の2種類あり、前者を都市高密化型、後者を都市拡張型と呼ぶことにする。
EMBED MSDraw エ* mergeformat 図3.建築物による都市の高密化と拡大

〔仮定1−2〕建築物分類子は、0と1からなる数値情報であり、建築物の型を一意的に決定する
ここでは、分類子は最低隣棟間隔のみを表現し、0ならD1、1ならD2となる。従って、分類子は建築物の型を決定している。

〔仮定1−3〕建築物は状態として、建設後の経過年数を持つ
経過年数は1単位/年ずつ増加する。建築物は、ある年数Cpを超えると新たな建築物を生み出す。また、耐用年数Clを超えると滅失する。

〔仮定1−4〕建築物は、行動として、@増殖とA滅失をとる
これらはそれぞれ、交配、死滅という生命体に基本的なビヘイビアに対応している。それぞれの行動を実行する条件として、
@増殖:年数が上で仮定した値Cpに達し、かつ周囲に同じ型の建築物を建てられる空間的余裕があるなら、確率Pで新たな建築物を生み出す。
EMBED MSDraw エ* mergeformat
図4.建築物の親子関係
A滅失:耐用年数Clに達した建築物はすべて消滅する。
注)生命体ではさらに餌や交配相手を求めて「移動」し、建築物でも、現在の条件が合わない場合は「移築」を行うが、本研究では明示的に組み込まず、ある建築物の滅失とそれ以降の別の地点での同じ型の建築物の生成を一組の移築と見なすことにした。これは1)パターン形成のプロセスを考えるため、都市の固定性も重視する、2)アルゴリズムを簡略化する、という2つの理由のためである。位置的に固定した個体が方向性を持って増殖することにより集団分布として移動という現象が出現するのである。

2 SYMBOL 186 エf "Times New Roman" 建築物とインフラに関わる仮定
〔仮定2−1〕立地の際の、インフラに対する反応は、建築物の型により異なる
高密化型は、インフラ整備済ゾーンにのみ立地し、拡張型は、整備済ゾーンを優先するが周囲に整備済ゾーンが存在しない場合は未整備ゾーンでも立地する。

〔仮定2−2〕インフラは、建築物数に応じて整備される
インフラは、ゾーンに対し、その建築物数がN個以上に達すると整備されるとする。

3 SYMBOL 186 エf "Times New Roman" ゾーンと地域に関わる仮定
〔仮定3−1〕地域はm×nゾーンからなる
地域はm×n=mn個のゾーンから構成される。

〔仮定3−2〕インフラはゾーン毎に整備し、整備済ゾーンの効用は全て一様である
ゾーン内では、一様な効用とする。
EMBED MSDraw エ* mergeformat 図5.地域とゾーン

3−3.シミュレーション
(1)パラメータの設定
・ゾーンの1辺の長さ:l=35
・地域規模:m=20ゾーン, n=20ゾーン
・最小隣棟距離:D1=16, D2=32
・増殖できる年齢:Cp=5
・耐用年数:Cl=20
・増殖する確率:P=0.25
・インフラを整備するしきい値:N=2
さらに、建築物数の上限を400とした。

(2)初期値の設定
T=0で中心の16ゾーンにインフラを整備し、これら各ゾーンに1体ずつ計16体の建築物を、高密化型と拡張型交互に配置した。年齢は全て0とする。(下図、 EMBED MSDraw エ* mergeformat が高密化型、 EMBED MSDraw エ* mergeformat が拡張型、 EMBED MSDraw エ* mergeformat がインフラ整備済みゾーン)

図6.初期設定(T=0)

(3)シミュレーションの結果
T=10,20,30,40,50,100での様子を順に図に示す。

T=10:

T=20:

T=30:

T=40:

T=50:

T=100:

図7.T=10〜100

特徴的な結果としては、次の二つがある。
・始めは規則的に並んでいた建築物が時間が経つにつれて、高密化型は中央に集まり都心を形成し拡張型は市街地の端部に向かって立地するという機能に応じた分化(生態的ニッチへの棲み分け)が見られた。(インフラが整備されたゾーンを市街地とする。)
・また、@分化、A拡張型の郊外化、B郊外へのインフラの整備、C市街地の拡大、D高密化型による都心の拡大、Aに戻って拡張型の郊外化というサイクルが見られた。

3−4.仮説の検証
都市の形態的成長を、拡張型と高密化型という単純な要素と、インフラによる効用の有無、効用による立地の有無という簡単なルールで表現することができた。

4.結論
4−1.今後の課題と人工生命概念の適用性
シミュレーションでは、非常に簡単な要素とルールからなるにも関わらず都市の成長の一局面を表現することができた。しかし、結果は単純なものにとどまっているともいえ、要素とルールをある程度複雑にしなければ、複雑な都市現象に適用できない。これらをどの程度、複雑化すればよいのかは研究課題である。

主な参考文献
・C.G.Langton(ed.) 1989 「Artificial Life」
・C.G.Langton, C.Taylor, J.D.Farmer and S.
Rasmussen(eds.) 1992 「Artificial LifeU」
・F.J.Varela, P.Bourgine(eds.) 1991 「Toward a
Practice of Autonomous Systems」
・J.H.Holland 1992 「Adaptation in Natuarl and
Artificial Systems」
・北野宏明 1993 「人工生命と進化・発生・学習の統
合」数理科学 No.353
・佐倉統 1993 「動きはじめた人工生命」
・大須賀節雄 1993 「コンピュータによる人工生命体生成
モデル」
・米澤保雄 1993 「遺伝的アルゴリズム」
・F.D.フツイマ著、岸由二監訳 1991 「進化生物学」
・太田勝敏 1988 「交通システム計画」
・青山吉隆 1984 「土地利用モデルの歴史と概念」
土木学会論文集 第347号 4-1
・都市計画教育研究会編 1987 「都市計画教科書」
・下総薫監訳 1987 「都市解析論文選集」
・高木隆司 1992 「形の数理」


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